この「痛み」、好奇に立ち向かった勇気の物語。(桜木紫乃著『孤蝶の城』 書評)

レビュー

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孤蝶の城

『孤蝶の城』

著者
桜木 紫乃 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103277262
発売日
2022/05/18
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

だからこそ彼を、彼女を応援する。

[レビュアー] 鈴木おさむ(放送作家)

鈴木おさむ・評「だからこそ彼を、彼女を応援する。」

 芸能界のパイオニアにしてレジェンド、その人は日本で初めて「女の体」を手に入れた。その孤高の肖像を描いた直木賞作家・桜木紫乃の長篇小説『孤蝶の城』を読み、放送作家・鈴木おさむは「かなり面白かった。そして痛い」と言う。放送作家ならではの共感と悔い、人としての、その読み解きとは?

* * *

 桜木紫乃さんの新刊『孤蝶の城』は、深夜テレビや銀座、全国のキャバレーで活躍していたゲイボーイの平川秀男が、日本で初めてモロッコで男性自身を切除し、「女性の体」となって帰国し、カーニバル真子として芸能界で生き抜いていく話です。

 このあらすじを聞くと、「カルーセル麻紀」さんの人生とも重なっている部分が多いように思える。桜木さんは、おそらくその人生をベースに、男として生まれて女性の体を手に入れた一人の人間の生き様を「創造」したのだろう。

 読んだ感想としては、単純にかなり面白かった。そして痛い。秀男は本当になりたかった自分になったにもかかわらず、好奇の光を当てられ、そして傷つけられていく。

 世の中は「需要」と「供給」が大事である。いくら供給したって需要がなければ、それは必要とされない。ここ数年、LGBTQ、ジェンダーに対しての考え方が日本でも大きく変わってきた。テレビ番組を作っている僕からして、それは本当に強く感じる。五年ほど前までは、テレビ番組でも「オネエ軍団」とひとくくりにしてよく出て貰っていた。今はもうありえない。つまり、つい最近までそんなことがテレビの世界ではまかり通っていたし、求められていると思っていた。

 テレビで売れるということは、そのタレントにとって時として残酷なことを求める。例えば、芸人さんなどに「年収」や「嫌いな人」を発表させる番組がある。誰だって人前で年収なんて言いたくない。だが「テレビで年収を言うことを求められる」と、年収を言わないと出られないんじゃないかと考えて、言うのだ。「嫌いな人」も同じく、言わないとテレビに出られないかもしれないから言ってしまう。言ったことによってその瞬間は盛り上がるが、幸せになっているのは、その番組を作って視聴率やいい結果を得られた人達だけだ。「嫌いな人」を言った人、言われた人はともに幸せになっていない。そして、テレビ番組の中で「自分の波乱万丈な人生」をVTRなどにして見せていくジャンルがある。僕もその手の番組をやってきた。今でこそ、そういう番組の作りは変わって来たが、数年前までは、その人が他で言っていない事実をカミングアウトしてくれるかを、タレントさん本人に取材して聞きこんでいく。家族の死や人生での失敗。これまで言ってこなかった自分の秘密。その扉をこじ開けようとするスタッフ。本人は開けることによりテレビに出られる。取材を終えたスタッフが会議で、その取材内容を発表する。すると誰かが「なんか、人生弱いな~。もっと驚くことないわけ~」と平気で言う。その結果、そのスタッフはもう一度そのタレントのところに行き、「ほかになんかもっと驚くことないですかね?」と訊くのだ。

 おかしい。すべてがおかしい。だが、売れるために、その扉をこじ開けてしまうのだ。

 この小説の中で、秀男がなりたかった自分になってから、話題になり、様々な雑誌の取材を受けていく。女性の体になった秀男は、発熱や尿道炎などの病気に苦しみながら、女性として生きていこうとする。なのに、週刊誌には「カーニバル真子とホンモノ女性器のどちらが具合がよろしいか」という記事が載ってしまう。他にも「女か妖怪か、それともサギか」などと強烈な見出しが容赦なく世に出てしまう。

 秀男は、納得いかないこととは向き合って戦っていく。だが、戦い切れずに受け入れていくしかない時もある。生き抜くために。売れるために。

 以前、はるな愛さんがブレイクした時に彼女の人生を番組にしたことがあった。テレビ番組には新聞のラテ欄というものがあり、まだ二〇〇〇年代は、そんなラテ欄を見てテレビを見る人も多く、とても大事なものだった。毎回、番組プロデューサーが書いていたのだが、はるな愛さんの放送回に並ぶ強烈な言葉。あの時、会議で誰もがその言葉を疑わず、「すごい強い言葉ですね」と褒めたたえた。あれを見たはるな愛さん自身がどう感じるかなんて考えていなかった。これで視聴率を取ることが彼女にとっても大きなプラスだろうって信じていた。だからこそ、この物語を読み、ずっと痛かった。だけどこの痛みは、テレビ業界で働く僕だから感じたことではない。皆さんの周りにもきっとあるんじゃないか。

 この『孤蝶の城』の中で生き抜いていく秀男の人生は、自分が加害者側にいたことをわからせてくれた。今、流行りの言葉で言うなら自分を「晒して」くれた。だからこそ彼を、彼女を応援する。好奇に立ち向かった勇気の物語だ。

新潮社 波
2022年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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