「読後感が悪い小説って嫌なんです」 隠蔽捜査シリーズの著者・今野敏が最新刊を語る

インタビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

石礫 機捜235

『石礫 機捜235』

著者
今野敏 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334914660
発売日
2022/05/25
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『石礫 機捜235』刊行記念 今野敏インタビュー


今野敏さん

前作『機捜235』は発売即増刷し、ドラマのシリーズも好評。
4月に刊行された文庫版も即増刷となり、いよいよ待望の新作が初めての長編で刊行される。
この絶品エンターテインメントはどのように生まれたのか――。

――冒頭から機捜のルーティンの仕事を描きながら、ゆっくりと物語が始まっていますね。

今野 前作『機捜235』は短編集だったんですが、今回は長編なので初めて手にとる読者もいるかもしれない、まず主人公たち機捜がどういう人たちなのか紹介しないといけない。それで最初はのんびり始めています。あと、自動車警ら隊の人たちとの絡みも作らなければいけない。

――自動車警ら隊(以下自ら隊)を物語に絡める、というのも当初からの構想ですか。

今野 そうです。機捜は刑事部なんですが、同じようにパトカーに乗って街を走っている自ら隊は刑事ではなく地域部の人なので、そのコントラスト、まったく違う仕事をしている人たちが一緒に捜査をする、それがひとつの醍醐味じゃないか、と思ったんです。

――自ら隊は一回書いてみよう、というご興味があったんですか?

今野 たまたまですね。なんせ地域部なので、ふつうのおまわりさん、あまり物語に絡みにくいですよね。機捜と絡むことで、活躍できましたが。

――今回、機捜の主役コンビのひとりの高丸が一番、「ふつうの警察官」らしかったですね。

今野 語り部はあまり前に出られないんですよ。高丸の視点で色んな人を動かしていく、という構成ですので高丸自身はふつうの警察官をやって貰った方が、他が活きますね。

――『機捜235』文庫版の解説で西上心太(にしがみしんた)さんが、この作品は高丸の一人称視点で書かれているけど、『石礫』では三人称視点になっている、今野さんにその理由を尋ねたら、「物語の構造が複雑になることもあり、三人称がふさわしいと考えた」とお答えになったと書かれていますね。

今野 三人称なんですけど、視点は全部高丸なんですよ。長編で高丸の一人称で書くと、ちょっとちっちゃくなっちゃうと感じたんです。

――長編と短編、お書きになるときの違いは何ですか?

今野 目線というのがありますね。短編はいま見ているものをそのまま、まとめて書かなければいけない、という思いがある。長編になると、単一視点であっても目をそらしたり、目をつむったり、知らなかったりということがいっぱい出てくる、そういうので構造が重層的になりますね。
長編は原則的には起、承、転、結の全部書かなくてはいけない。短編は承、結だけでもよかったり、起、結だけでもよかったりする。そのへんが、技術的にはちがいがありますね。

――他にも多くシリーズものをお書きになっていますが、このシリーズと他のシリーズの書いていらしての違いは?

今野 まず視点人物が若い、ということですね。他のシリーズはだいたい四十過ぎなんですが、高丸はまだ三十代ですよね。
あと、本人たちは直接捜査をする立場ではない、ということですね。機捜は事件の端緒に触れて、すぐに離れるのが本来の役割なので、捜査本部とかにひっぱられたりしないと、その事件に関われない。だからそこにひと工夫が必要になるんです。

――今回は主人公たちが機捜の隊長や捜査一課長など、警視庁の幹部と思いがけずダイレクトに絡んでいきますね。それは『石礫』というタイトルとも繋がってくる?

今野 そうですね。石礫、つまり石ころみたいな一介の捜査員たちがふだん会えない人たちとどうやって仕事をしていくんだろう、という。これは種明かしをすると、お侍さんが大目付や老中に会う、という時代劇があるじゃないですか。そのパターンなんですよ。

――なるほど!

今野 時代劇というのは、歌舞伎や浄瑠璃、講談や浪曲など、エンターテインメントとしてパターンが本当によく練られているんですよ。それを現代ものに応用するといい話になりますよね。

――そうすると、警視庁本部に高丸たちが行くのはお城に上がるような感じですね。

今野 御目見得以下の侍が登城しちゃって作法も知らず右往左往する、みたいなね。

――この作品でも工夫が張り巡らされていますね。

今野 工夫は必然ですね。高丸の相棒、縞長が指名手配犯を見つけて追っていくことで立てこもり事件が起こる。それがどう展開していくか考えるんですが、次の展開までなるべくスムーズに繋がりを持っていきたい。それは長編を書く上で一番気をつかうところです。そうすると、色んな工夫をする羽目になる。


今野敏さん

――ちなみに今回、一番お考えになったのはどういうところですか?

今野 後半に持っていくところですね。立てこもり事件で終わらせても、物語は成立するわけですよ。機捜と自ら隊のやり取りを描いていけば、これも小説になる。ただそれだけだと物足りない、もうひと展開させるにはどうしよう、と。
後半、立てこもり事件からテロ事件へ、事件の性格が変わっていく。過激な集団の姿が見えてきて、それに冤罪(えんざい)が絡んでくる。展開によくどんでん返しが求められるけれど、唐突なのは興ざめなんです。そこを不自然を感じさせず最後まで読めるように、気をつかわなければいけない。

――冤罪をテロの動機に持ってこられたのがとても斬新に感じたのですが。

今野 冤罪というのは常に気になっているんです。政治的なものではなく、冤罪で警察や司法に恨みがある。これはテロの動機としてストンと納得がいくじゃないか、という感じがあったんです。

――この動機は警察の仕事の厳しさを高丸たちが肝に銘じることにも繋がっていきますね。ただ、警察が活躍してえらい、と言うわけではなくバランスが取れていますね。

今野 警察小説を書くときは現場で働く人たちを応援しようと思って書いています。ただ、無前提に応援するんではなくって、頼むからちゃんとしてくれよ、という思いもある。そのへんがいいバランスになったんじゃないですかね。

――機捜である縞長たちは、立てこもり現場に捜一がやってきて追い出されてから、吾妻たちと、当初いわば勝手に捜査するという形で事件に関わりますね。もちろん彼らにとってはやむにやまれぬ気持ちですが。

今野 ぎりぎりですよね。本来やってはいけない行為ですから。それですぐに班長に話を通し、それが二機捜隊長のところにもっていかれる。

――それが主人公たちにとっていい流れになる。

今野 組織対個人と言いがちなんですけど、組織は物事を解決するためにあるので、それをちゃんと動かす小説を書きたい、とずっと思っているんです。だからどういう形の組織のありようがよいか、を考えて書いています。

――このポジションにこういう人がいると、組織がちゃんと動いて、現場で働いている人たちの努力も報われる、ということをこの作品でもお書きになっていて、そういう場面を読んでいると嬉しくなってしまいます。

今野 その快感ですね。警察小説というと、一匹狼の主人公が組織と対立する、という話になりがちなんですが、上司も馬鹿ばっかりではないですからね。この上司がいるからこういう風に組織が動く、あいつならやってくれる、と理解し合える組織を見せなきゃいけないと思っています。それを読むことに快感があるのはまちがいないし、そういうことを書きたい。

――この物語でも、重くなってもおかしくないテーマを扱いながら、軽快な展開をしていきますね。

今野 どんな題材を扱おうが、読後感が悪い小説って嫌なんです。この作品でも、冤罪だけ扱っていくと、じとっとした心の晴れない物語になってしまいがちです。問題点を指摘しつつも重くならないようにするにはどうしたらいいか、いつも考えています。

――具体的にはどういうことに気をつけていらっしゃいますか?

今野 あまりのめり込まないことですよね。冤罪にあった人に長ゼリフを喋らせないとか。被害者意識を長ゼリフで喋らせたとたんにエンターテインメントじゃなくなってしまう。この人が被害にあってすごく傷ついているんだ、ということは、どこか別のところで分からせればいい。

――お書きになっていて一番楽しかったのはどの辺りですか。

今野 やはり自ら隊と機捜の絡みですね。片や覆面、片やパトカーで走っている――そのイメージだけで楽しくなる。最初と最後の彼らがすれ違う場面、ニヤリとしてしまう。

――自ら隊の吾妻の最後のセリフ、かっこいいですね。

今野 やっぱり小説はかっこよくなきゃ(笑)。

光文社 小説宝石
2022年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク