演劇、プロレス……作家の「憧れ」を形にした謎解きミステリー 『入れ子細工の夜』刊行記念エッセイ
エッセイ
『入れ子細工の夜』
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私が憧れた世界のこと 『入れ子細工の夜』著者新刊エッセイ 阿津川辰海
[レビュアー] 阿津川辰海(作家)
高校生の頃から演劇に憧れがありました。演じることではなく、作ることに。
高校の文化祭では、各クラスが必ず演劇をやって対抗するのが習わしでした。もちろん部活の出し物や店もあるので、かなり忙しい中でしたが、「阿津川は小説を書いてるんだから、脚本も上手いのをやってくれるだろう」と演劇部の女子から丸投げされ、頭を抱えながら脚本を書いて監督もすることに。当時は文芸部の編集長もやっていたので、特集号を編集して自分でも小説と脚本の二本を書き、監督も勉強もして……今より忙しかったかもしれません。それは言い過ぎか。とはいえ、クラス全員で演技や表現のことを考えて一つのものを作った経験は、やけに心に残っているのです。
結果的に私は小説家の道を選んだわけですが、あの時の経験から違う道を選んでいたかもしれない……。そんな思いもあってか、アガサ・クリスティーの戯曲や、演劇「マトリョーシカ」などを見ると、憧れの念が高まってしまうのです。
そんな憧れを形にしてみたのが、表題作の短編「入れ子細工の夜」です。光文社のノンシリーズ短編集では恒例としているエピグラフも、クリスティー『ねずみとり』から取りました。他にも私の一番好きなミステリー映画『探偵〈スルース〉』にオマージュを捧(ささ)げているのですが、詳細は本編の「あとがき」に譲ることとします。
最初の短編集『透明人間は密室に潜む』では、「あとがき」にも示した通り、「好き」なSF、法廷、犯人当て、船上ミステリーを形にしました。本作『入れ子細工の夜』では一歩進めて、「憧れ」を形にしてみたと言えるかもしれません。ハードボイルド小説への憧れ。清水義範(しみずよしのり)的なパロディー小説への憧れ。演劇への憧れ。プロレスへの憧れ……。
もちろん、全四編、いずれも偽りなく謎解きミステリーに仕上げています。お楽しみいただけたら嬉しいです。