『「加速思考」症候群 ANSIEDADE 心をバグらせる現代病』アウグスト・クリ著(ハーパーコリンズ・ジャパン)

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「加速思考」症候群 心をバグらせる現代病

『「加速思考」症候群 心をバグらせる現代病』

著者
アウグスト・クリ [著]/鈴木由紀子 [訳]
出版社
ハーパーコリンズ・ジャパン
ジャンル
哲学・宗教・心理学/心理(学)
ISBN
9784596428905
発売日
2022/04/21
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『「加速思考」症候群 ANSIEDADE 心をバグらせる現代病』アウグスト・クリ著(ハーパーコリンズ・ジャパン)

[レビュアー] 西成活裕(数理物理学者・東京大教授)

感情を壊す情報の洪水

 いま世の中にはあまりにも様々な情報が溢(あふ)れている。特にスマートフォンの影響は絶大で、その普及率は今や9割を超えており、電車の中でもカフェでも暇さえあれば多くの人がその画面を覗(のぞ)き込んでいる。実はこうした情報の洪水のせいで私たちの心は悲鳴をあげている、というのが本書のテーマだ。タイトルにある「加速思考症候群」は、世界の8割の人が思い当たる症状を抱えている「世紀の病」だと著者のアウグスト・クリはいう。

 彼はブラジルで高名な精神科医であり、また子供のための知性を育むプログラムを開発して実践している教育者でもある。様々な人を診てきた経験から、この情報過多がもたらす心の病の存在に気がついた。例えば、落ち着きがない、朝から疲労感がある、感情の波が激しい、飽きっぽい、取り越し苦労が多い、行動の遅い人と一緒にいるとイライラする、などがその症例として挙げられているが、どれも普通に経験するものばかりで、そのためなかなかこの病に気づきにくい。これまで「注意欠陥・多動性障害」と診断されていたものも、実は「加速思考症候群」である可能性もあり、多くの精神科医は間違った判断をしているとも述べている。しかもこれは子供だけでなく、老後の生活にも影響してくるというから大変だ。やさしい語り口だが、あらゆる世代にとって危機感を覚えるような内容が満載で、迫力ある書となっている。

 脳に入る情報が多すぎると、自分の個性や創造性を潰してしまう危険性がある。自分の思考はゆっくり時間をかけて構築していく必要があり、そうすることで感情が安定していく。夢を見る時のように、外部刺激を絶って記憶の断片を自由につなぎ合わせる無意識の時間が思考の構築に不可欠だそうだ。もしも情報過多が続くと、「加速思考」によって心を生き急がせ、その結果最も深刻な影響が「感情が早死にしてしまう」ことだ、と著者はいう。そうならないためにも、たまには情報を絶ち、しっかりと自分と向き合う時間を大切にしようと痛感した1冊である。鈴木由紀子訳。

読売新聞
2022年5月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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