『スタッフロール』
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堅牢に作られた物語世界は現実に共鳴する
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
体温を感じる小説だ。
深緑野分『スタッフロール』は、映画を愛し、全身全霊を捧げてその制作に打ち込んだ人々の小説である。
物語は二部構成になっている。第一部の主人公は、ハリウッドで働くマチルダ・セジウィックだ。一九四八年、二歳のマチルダは、父の友人であるロナルドが悪戯でやってみせた犬の怪物の影絵を見た。成長した彼女は、いかなる空想の産物でも人間の手で動かすことができる映画の魅力にどっぷりと浸かり、特殊造形師として生きていくことになる。マチルダが常に追い求めていたものは、幼い日に見た犬の怪物の面影だった。それを自分の手で造形する日が訪れたところで第一部は終わる。
第二部は二〇一七年の物語だ。CGアニメーターのヴィヴィアン・メリルは、所属する会社が伝説の映画である『レジェンド・オブ・ストレンジャー』のリメイクを請け負ったことを知らされる。彼女が担当するクリーチャー・Xは、かつてマチルダが心血を注いだ創造物だった。Xに新たな生命を吹き込むため、ヴィヴィアンの苦闘が始まる。
一九八六年と二〇一七年、二つの物語の間には三十年が経過している。それだけの時の隔たりがあるにも拘わらず、マチルダとヴィヴィアンの間には響き合うものがあるのである。一つのものを創り出そうとする情熱は、人の心を揺り動かす。
深緑が描く主人公たちはいつも自己評価が低く、世界に対して怯えている。他人と手を取り合うことがいかにも下手だ。だから彼らは安易に共感を求めてこない。しかし、読者の胸には刻みこまれるものがある。堅牢に作られた物語の世界には現実に働きかけて共鳴を引き起こすだけの実在感が備わっているからだ。目の前で登場人物たちが立ち上がるのが見える。叫び、泣き、笑うのが見える。風に舞う花びらの一枚一枚が見える。小説にはそうした表現が可能なのだと改めて思い知らされた。