今、お薦めの文庫時代小説3作品。復讐劇、人情噺、そして若き熱血信長像!

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  • 鬼哭【きこく】の剣【けん】
  • 恋文屋さんのごほうび酒
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今、お薦めの文庫時代小説3作品。復讐劇、人情噺、そして若き熱血信長像!

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 文庫書下ろし時代小説と言えば、その嚆矢である峰隆一郎の作品からシリーズ物と相場が決まっていた。が、近年単発で勝負をかけてくる強者がいる。進藤玄洋『鬼哭の剣』は、和人によるアイヌの英雄シャクシャインの謀殺から二十年、津軽藩士が次々と首を切断され、口にクロユリを咥えさせられていたという事件が起こる。この発端の伝奇性から、作者は複雑に交錯した人間関係の中、息詰まる復讐劇を紡いでいく。その堂々とした展開は、これが時代小説第一作、いや、小説第一作とは思えぬ出来映えを示している。少数民族アイヌへの弾圧をモチーフに、歴史の暗部が憑依したかのように復讐にのめり込んでゆく主人公の姿は、凄まじくも哀しい。これからの時代小説界で、広く活躍出来る存在としてここに紹介しておきたいと思う。

 神楽坂淳『恋文屋さんのごほうび酒』(角川文庫)は、全三話の連作で、どれも後味の良い仕上り。主人公は日本橋の代書屋・代風堂の看板娘・手鞠。今日も恋文の依頼が次々に舞い込み、自分に縁が無い事から「恋文すら来ないわたしはひとり暮らし一直線なんですから」とぼやいている。依頼された恋文のお陰で、男女関係が微妙にこんがらがったり、そもそもわけありの依頼ばかりだったり、悩みは絶えない。作中には長谷川平蔵絡らみのトリビアが仕込まれていたり、吉原からの依頼があったり、手鞠は最後には一杯ひっかけねばやっていられない。読者も大わらわの主人公に共感出来る一巻だ。

 杉山大二郎『信長の血涙』(幻冬舎時代小説文庫)は、その熱量、『鬼哭の剣』に勝るとも劣らない。今回、紹介する三冊の中で本書だけが旧刊である。だが、文庫化されたのをこのまま見て見ぬ振りをするのは惜しい作品なのだ。本書ははじめ、『嵐を呼ぶ男!』の題で刊行された逸品で、滅法威勢の良い作品。若き日の信長がエネルギッシュな熱血漢として描かれ、読む者を魅了する。本書は、いわば信長前史で終わっているが、この作者の手で本能寺までを書いてもらいたいと思う事しきりである。

新潮社 週刊新潮
2022年6月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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