“夢見る問題児”をきちんとした人間に育てようとする親心

レビュー

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銀河鉄道の父

『銀河鉄道の父』

著者
門井, 慶喜
出版社
講談社
ISBN
9784065183816
価格
1,012円(税込)

書籍情報:openBD

“夢見る問題児”をきちんとした人間に育てようとする親心

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「父」です

 ***

 宮沢賢治を題材にした本は数多くあるが、父親を主役にしたものを初めて読んだ。しかも傑作。第158回直木賞を受賞した門井慶喜『銀河鉄道の父』である。

 冒頭近く、赤痢にかかった7歳の賢治を、父・政次郎が看病する場面がある。

 看病は女のすること、ましてや家長が隔離病舎に泊まり込むなんて、と周囲は反対したが、政次郎は押し切る。とにかく子が心配でたまらないのだ。賢治はまもなく元気になったが、政次郎は看病が原因と思われる腸カタルをわずらって入院。以来、消化能力が落ち、死ぬまで暑い時期には粥しか食べられなかった。

 宮沢家は質屋と古着屋を営んでいた。政次郎は勤勉に働いて事業を拡大し、町の名士となる。だが賢治は農民の貧苦の上に成り立つ商売として家業を嫌った。

 父に反発しつつ、しばしば金を無心する賢治。飴の工場や人造宝石の事業などを思いつくが、資金は父から出してもらうことが前提だった。父の視点から見ることで、聖人のように語られがちな賢治の“夢見る問題児”ぶりが明らかになっていくのが面白い。

 政次郎は従来、清貧を貫こうとする賢治の行く手を阻む存在としてとらえられてきた。だがこの作品では、どこまでも子を甘やかしたい心と、地に足のつかない長男をちゃんとした人間に育てなければという責任感の間を揺れ動く、人間臭い父親として描かれる。終盤、37歳の若さで亡くなる賢治の遺言を書き取る場面の美しさに泣かされた。

新潮社 週刊新潮
2022年6月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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