『雌犬』
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南米の海とジャングルに抱かれた人と犬との濃密な関係
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
コロンビア太平洋岸に面し、ジャングルとも接している小さな田舎町。崖の上の別荘地で管理人をしている貧しい黒人女性のダマリスは、〈女が乾く年ごろ〉と言われる40歳間近に、1匹の雌の子犬をもらい受ける。漁師をしている夫との仲は、長年に及ぶ不妊治療がうまくいかなかったせいもあり、冷え切っている。
ダマリスは女の子を授かったらつけようと思っていたチルリという名を子犬に与え、溺愛する。ところが生後6ヶ月を過ぎた頃、チルリは真っ暗なジャングルに飛び出していってしまったのだ。ダマリスは毎日毎日必死で探すのだけれど、見つからない。もう死んだものと諦めた33日後、チルリは満身創痍の姿で帰ってくる。泣いて喜んだダマリスだったのだが、しかし、チルリには家出癖がついてしまう。ここから両者の関係に暗雲がたれこめて―。
1972年生まれのコロンビアの女性作家ピラール・キンタナの『雌犬』は、正直ケモノバカにとっては読んでいて苦しい小説だ。母親を思春期に亡くしたこと。子供の頃、休暇のたびに崖の上の別荘にやってきた裕福な一家の一人息子と仲良しになったものの、自分の不注意によって彼を死なせてしまったこと。18歳で結婚したけれど一向に子供を授からないことに悩み、怪しい高額な民間療法にも頼りながら、ついに我が子を産めなかったこと。貧しく、孤独であること。心の中にいつもぽっかりと穴が空いているダマリスの来し方と現在の状況には同情の余地がある。でも、自分が手に入れられなかったものの象徴(代用品)として子犬を溺愛し、それゆえにチルリが思うように育たなければいとも簡単に愛を憎へと変容させてしまう彼女に同情の余地はない。
海とジャングル。無慈悲で荒々しい自然を背景に描かれる、人と犬の濃密な関係。小説としての読みごたえを備えてはいるものの、ケモノバカにはつらいつらい物語でもある。