『<洗う>文化史 「きれい」とは何か』国立歴史民俗博物館、花王株式会社編(吉川弘文館)

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〈洗う〉文化史

『〈洗う〉文化史』

著者
国立歴史民俗博物館 [編集]/花王株式会社 [編集]
出版社
吉川弘文館
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784642084062
発売日
2022/02/10
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

『<洗う>文化史 「きれい」とは何か』国立歴史民俗博物館、花王株式会社編(吉川弘文館)

[レビュアー] 梅内美華子(歌人)

日本人の命と心を保つ

 本書は国立歴史民俗博物館と花王株式会社とが2017年からおこなってきた「清潔と洗浄をめぐる総合的歴史文化研究」という産学共同研究の成果をまとめたものである。日本人の「あらう」行為と意味に焦点を当て通史的に捉えたものはこれまでになかったのではないか。感染症拡大の時期にも重なり、衛生と心性を考える上でも興味深く、画期的な書である。

 「あらう」の語源は「新(アラ)」、新たにすることから来ているという説がある。古代神話では穢(けが)れを除き新たな力を得る意味として「洗う」が用いられていた。奈良時代の正倉院文書には官人が写経前に沐(もく)浴(よく)をしていたことが記録され、休暇理由として浄衣(じょうえ)の洗濯を記していたそうだ。近世になると参勤交代で江戸に滞在していた地方武士は煤(すす)や市中の埃(ほこり)による汚れを嘆き、手水(ちょうず)や町の湯屋で意識的に清浄を保っていた。この頃になると勤務中の身だしなみの意識が加わっている。

 近代国家では公衆衛生が政策に加わり、台湾と朝鮮の植民地支配では町や学校の寄宿舎に浴場を設置し、日本の入浴習慣を浸透させた。ここには清潔観念による支配と被支配があり、民族への差別が生まれたという。清浄の意識や方法の違いは蔑視(べっし)や排除をはらみかねない。

 石けんが一般家庭に普及していったのは昭和初期。1940年にはノベルティがついた「花王コドモ手洗い会」が全国に広まるなど企業の啓発運動の効果も大きい。戦後には給食前に「手洗いの歌」が校内放送され、歯みがきの指導が始まる。こうして清潔に意識の高い国民が育ってゆく。

 体を洗う肌への刺激が脳内物質の分泌を促しストレスをやわらげるという。一方で民俗伝承としての禊(みそ)ぎや祓(はら)えは身心の穢れを清める行為として今も残っている。科学と非科学的なものの間に日本人の「洗う」があり、「洗う」とは命と心を保つためのものだと気づかされる。

読売新聞
2022年6月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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