TBS井上アナ、今村翔吾の直木賞受賞に号泣……2人の意外な関係性とは

対談・鼎談

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風待ちの四傑 くらまし屋稼業

『風待ちの四傑 くらまし屋稼業』

著者
今村翔吾 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758444804
発売日
2022/06/15
価格
748円(税込)

書籍情報:openBD

今村翔吾の世界

[文] 角川春樹事務所


今村翔吾

『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞した今村翔吾さん。その発表の日、思わぬ注目を集めたのがTBSアナウンサーの井上貴博さんだった。感極まる姿は受賞者以上。だがそれは、二人の関係性を伝えるものとして多くの人の心を捉えた。
 今回はそんなお二人に、号泣の舞台裏から「目指すべきプロとしての目標」までを熱く語っていただいた。

 ***

◆直木賞発表の瞬間! 井上アナウンサー、号泣の舞台裏

――お二人が揃ったということで、まず伺いたいのが直木賞発表の当日です。「Nスタ」で中継されましたが、今村さんの涙とともに井上さんの姿も大変な話題になりました。

今村翔吾(以下、今村) 井上さんが泣いてるところはリアルタイムでは見てないんです。受賞会見の前、ちょっと落ち着いたところでTwitterを見たら「今村翔吾、井上アナ、号泣」というワードがトレンドに立っていて、何が起こってんやろと。で、動画を見たら、めっちゃ泣いているやん(笑)。

井上貴博(以下、井上) いやいやいや、もうねぇ……。ああいうのが記事になるときって、号泣ってよく書くでしょう。とはいえ、号泣というほど泣いてないことが多いと思うんです。でもあれは、間違ってなかったなと。自分でも驚きました、号泣することあるんだなって。

今村 話題をかっさらっていかれたわ(笑)。

井上 裏話をすれば、あの日、中継をするということに懐疑的だったんです。本人や関係者の気持ちを考えたときに、Nスタファミリーとして応援したいという思いはあるけど、どうなるかわからないじゃないですか。

今村 僕も正直、いけるかどうかわからんかったし。

井上 僕個人としては受賞できなかった時の想定しかしていませんでした。ダメだったとしても中継は繋ぐ。繋がないという選択肢はないんです。ただ、そうなった時が放送としては一番難しいですから、そこをどうするのか。それしか考えてなかったんですね。

今村 同じこと考えてたんはおもろいな。僕も、あかんかった時にどう振舞うかだけは考えてて。こういう瞬間って、モノを作ったり、夢を追いかけている人たちにもあることと思う。苦い思いをしたとしても、そこからもっと頑張っていこうとするんや。誰に知られることもなく頑張ってる人もいっぱいいる。だからこそ、僕も情けない姿だけは見せんとこうと決めてて。

――中継する側もされる側も、覚悟が必要だったということですね。

今村 それだけに、受賞の知らせを聞いた瞬間、邪念がすべて吹き飛んで、無になった。だから純粋に喜べたんだと思います。

井上 番組進行という立場でも完全な想定外。虚を突かれたという感じでしたから、思わず僕も感情が溢れてしまったのかもしれません。

◆今村×井上 二人に共通する熱さの秘密


井上貴博

――お二人の関係が窺えるお話ですね。実は、お二人に関する記事などを見ていて、共通するワードがあることに気付きました。「熱さ」です。今村さんの直木賞選評には「熱量」という言葉が多かったですし、井上さんも今年受賞された橋田賞の選考理由に「正直で熱い口調」とありました。

今村 僕らが生まれた1984年というのは、昭和から平成へと変わっていく間のような時。新しい時代を選んでいく人が多い中で、前時代的な生き方をしている部分の多い二人なんかなとは思いますね。

井上 時代が変わってるのは百も承知なんですけどね。僕は家族の影響もあると思います。特に祖父は「男たるもの前のめりで生きろ」というタイプだったので、無意識のうちにそのDNAが入ってます(笑)。

今村 僕らみたいなのは、どんどん少なくなるよね。

井上 化石みたいなもんでしょう。でも、今村さんを見ていて、剥き出しでいいんだなというのを再確認できたのは僕の中で大きいですね。今って、「そこまでストレートに言わなくてもさ」という空気感があるような気がしています。それを否定するつもりはないし、あまり剥き出しにするのもなぁと自問する自分も多分どこかにいたんです。でも、「いいじゃん、そのままで」と思わせてくれたのが今村さんだった。小説を読んでも感じますね。軸として「熱さ」が必ずあるように思います。

今村 今村翔吾をキーワードで表すと、一番最初に来るのが「熱い」になりがちなんで、もっと違う引き出し、手管も見せてかなあかんかなとも思ったんです。でも、「熱い」というキーワードで語られる作家が少ない。ならば専売特許的に行こうかと。その代り、熱さの次に来る言葉、例えば、「熱くてトリックが面白い」とか、そこは研究していく必要がある。けど今は、「熱い市場」のシェア90%を取りにいったろうと腹括ってます(笑)。 

――井上さんの『伝わるチカラ』からも熱い成分は感じますよね。

今村 いや、ホンマ。「技だけではない。彼の生き方に『伝わる』秘訣がある」と言葉を寄せさせてもらったんですけど、アナウンサーとしての姿勢だけじゃなくて、井上さんという人そのものが、ようわかる。

井上 井上貴博の人となりとか何を考えているかが伝わったとすると、こんなに嬉しいことはないですよ。

今村 でも、ここで書かれたような思考回路はどんな仕事をしている人にも当てはまるんじゃないですか。僕も講演のときはそうしようと思った部分がありましたよ。

――初めての著書です。執筆依頼には驚かれたそうですが、書こうと決心されたのはどんな思いからですか?

井上 仕事の幅を広げたいと思っていたので、いいタイミングでお話を頂けて。ただただ有難いなという思いです。

今村 挑戦者やもんね。嫌だと思うこともやってみようというタイプでしょう?

井上 ですね。想像できることというのは、想像の範疇に収まるわけで、それ以上がない気がするんです。想像外というだけで面白そうじゃないですか。

今村 だから、番組中もキラーパスみたいなんをしてくるんや(笑)。

井上 (笑)。今村さんは、作家はこうあるべき、みたいなのを悉く違う方に持っていってると、傍から見ていて僕は思っているんです。最近、局アナはこうあるべきだというのがどんどん強固になっている気がしています。今は多様性の時代と言われているんだから、局アナだって、どうあってもいいはずなのに。そうした風潮を真正面から受け止めると、枠に閉じ込められるようで窮屈さも感じます。でも、それ全部壊せばいいんだなと。壊していく姿がこうして目の前にありますから。

今村 夢と仕事ってイコールであることが多いじゃないですか。でも今は、仕事に夢見ること自体が言葉にしづらい。こういうことをやってみたい、こういう夢があると言えない感じがあって。多様性なんだから、いろんな生き方の選択肢があっていいのに。

――そうした中で、あえて言葉にしているのが井上さんでもありますね。「日本一の司会者を目指す」とインタビューなどで発言されているのを目にします。

井上 目標と手段の一つではあるんですが、明日辞めてもいいんです。そもそもアナウンサーという職業になんとしてもなりたかったのかというと、まったくそんなことはない人間なので、どこかでもっと面白いことあるんじゃないかとずっと思っているんです。たまたま37歳という今の時点ではアナウンサーではありますが、明日まったく違うことをやることになっても面白いなと思います。

今村 それもあり得るなと思えるのが井上さんだよね。

井上 誰も想像していないようなことをやってみたいですし、いい意味でお客さんを裏切りたいなというのはいつも思っています。だからなのか、天職ですか? という質問にどう答えていいのか分からないんですよ。

今村 僕も先日受けたインタビューで、作家が天職かどうかわからんって言うてて。もしかしたら、アフリカの民族楽器の奏者としての才能があるかもしれん、まだ触ってないだけで。今選んでいるのが作家というだけ。この作家を超えるものはそうそうないだろうとは思うけど。

井上 勝手に自分の可能性に蓋をしている感じがするんです、自分自身も含めて。アナウンサーという仕事を天職のように頑張るしかないんですけど、今の時点で天職かと言われれば、それは知らんですよ。

◆作家とアナウンサー、目指すべきプロとしての目標

――では、プロの仕事というものはどう捉えているのでしょうか。『くらまし屋稼業』第八巻が刊行されますが、物語も大きく動く予感がしています。以前、今村さんは平九郎たちは能力主義のプロ集団であり、作品を通じてプロとは何かを突き詰めていきたいとおっしゃっていましたが、何か見えてきましたか?

今村 文庫時代小説というのは、昔でいうところの大衆小説ど真ん中やと思うんですよ。だから結局のところ、お客さんを、読者を喜ばせるってことやろうな。自分がどれだけいいと思っていても、お客さんがそう思わないのであればアウトやし。別の言い方をすれば、お客さんを信じている。面白いものは売れるって思っているから。プロとして、自分の小説に商品価値を持たせてくれる出版社に損をさせたくないという思いも常にあるし。特に今は直木賞を取った後だから、ヘタ打てへんというのもあるしな。

井上 プレッシャーあるだろうね。

今村 直木賞作家とつくわけだからね。ただ、宮城谷昌光先生が対談の席で、その「直木賞作家の」という肩書を取るための戦いがこれから始まると話されたんだけど、それがすごく残っていて。まさにその通りなんだろうと思う。

井上 うん。元々ぼんやり感じていた事ですが、肩書きの必要ない所までいきたいという想いがありますね。「今村翔吾」「井上貴博」、それだけ。そうなるためには、とことん突き詰めて商品価値を上げないといけないけど。元〇○とか古巣の名前がついているうちは、まだまだだなって。どの職業もそうだと思いますよ。イチローさんしかり、松井秀喜さんしかり。

今村 元大リーガーなんてないもんな。

井上 もしつけるとなれば、それがおこがましいじゃないですか。つけたら失礼だよねとなるくらいまでいけるのが、本当のプロなんじゃないでしょうか。―と、こういうことを言って記事にしていただくことで、また自分を追い込むことになるんです。言わなくていいことまで言って。ばかじゃねえかと自分でも思います。

今村 それは僕もや。やべぇやつらってことだね(笑)。

構成:石井美由貴 写真:島袋智子 協力:角川春樹事務所

Book Bang編集部
2022年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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