過去に犯罪行為をした人のYouTube配信に疑問 社会派ミステリ作家・染井為人が「半グレ」をテーマに描いた理由

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鎮魂

『鎮魂』

著者
染井為人 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575245219
発売日
2022/05/19
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「被害者にも加害者にも読んでほしい」日本一有名な半グレ組織が題材の問題作『鎮魂』。社会派ミステリーの新星・染井為人インタビュー

[文] 双葉社


『鎮魂』著者 染井為人

 著作『正体』が亀梨和也主演の連ドラになったことで話題の染井為人氏。社会で実際に起きている事件や事象を小説に落とし込み、人間の欲や汚さ、社会の不条理さを描く筆致は社会派ミステリーの新星として高い評価を受けている。そんな染井氏の最新作は、あの日本一有名な半グレ組織が起こした実際の事件をモチーフにしたサスペンス小説。なぜ、いまこの事件を書いたのか。著者の染井氏にうかがった。

 ***

悪いことを続けていると悲劇が待っているかもしれない。人を傷つけるのはやめようよ、とか、そういうことも伝えたかった

──亀梨和也さん主演で連続ドラマ化された『正体』、そしてロングセラーを記録している『悪い夏』で注目されている染井さんですが、このたび「半グレ」による実際の事件をモチーフにした社会派サスペンス『鎮魂』を上梓されました。世間を騒がせる半グレ組織「凶徒聯合」のメンバーが次々に殺されていく物語ですが、「半グレ」をテーマに小説を書こうと思った理由を教えていただけますか。

染井為人(以下=染井):少し前から、動画メディアが出てきて、YouTubeで元不良や元ヤクザみたいな人たちが顔を出して動画を公開するようになりましたよね。見ているほうも刺激が欲しいから、再生回数も上がる。

ただ、その一方でかつて悪いことをした人たちが公の場に出ることで、過去に傷ついた被害者の人たちがどう思うだろう。顔も見たくない、話も聞きたくないと思うんじゃないか。傷つけた人たちの目に触れないようにすることが一番の謝罪なのでは、と思ったのがキッカケですね。

──デビュー作からここまでの染井さんの作品に通じる点として、実際にあった事件や事象の一枚裏、二枚裏にまで思いを馳せて、新聞やテレビなどのメディアには出てこない、その奥にある人間模様を書かれている傾向があるように思います。そのあたりは意識しているのでしょうか。

染井:意識してるってことはないんですけど、僕、どんなものも、サイコロで考えるんです。サイコロって1度に見られるのって3面までじゃないですか。角度を変えてみて、自分がぐるりと裏側に回ったり、ひっくり返すと、裏側の残り3つの数字も見られる。物事や人間も同様で、いろんな角度から見てみようと意識しているのかもしれませんね。

──そのサイコロを見るような視点で、今回も実際に起きた事件を想起して物語を綴られました。もちろん、あくまでフィクションとして書かれていますけど、実際の事件を扱ううえでの苦労はありましたか。

染井:事件そのものを書くわけではないにしても、できる限り、当事者というか、モチーフにしている人たちをいたずらに傷つけるようなフィクションを織り交ぜるのはやめよう、と思いながら書いているので、そのあたりはゼロから書いていく小説とは違うという点で苦労しました。あとやっぱり、単純に怖いというのはありますね。

──今回のテーマが「半グレ」です。おっしゃるとおり、怖さもあると思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。

染井:それは、今回、覚悟を持って書いたところはありますね。この本を願わくば、物語に出てくる事件のような被害にあった人とか、それと加害者、そのどちらにも読んでもらいたいなと思っているんです。

書かれていることは本当にえげつないというか、悲しいお話なんですけど、この小説を通して、悪いことを続けていると悲劇が待っているかもしれない。人を傷つけるのはやめようよ、とか、そういうことも伝えたかったので、覚悟をもってストレートに書いたところはあります。

──小説のなかに小田島という半グレ組織の幹部が出てきますが、彼がとても印象的でした。昔から悪いことをしてたけど、今は妻がいて、もうすぐ4人目の子が生まれる。大切な存在が出来たのもあって、実は組織から抜けたい。でも、しがらみ的にも今のビジネス的にも抜けられない。そういう人物を描いた意図はなんでしょうか。

染井:『鎮魂』の表紙カバーに鎖がデザインされていますよね。これは偶然だったんですが、まさに鎖のイメージなんです。「昔の不良仲間」という鎖に繋がれていて、いい大人になっても抜け出せないでいる。外から見たらバカバカしく見えているんでしょうが、当人たちにとっては、それは断つことが難しい足枷なんです。

また、一方で、組織を後ろ盾にして、ビジネスで成功している。では、もし足枷を断ち切って抜けた場合、生活は成り立つのか。そういう恐怖も家族がいる小田島にはあったと思うんです。そのあたりの葛藤を描ければと思いました。

──家族を持つ小田島のような不良が出てくる一方で、SNSでは半グレ組織の人間を次々に手にかける犯人を持ち上げる動きも出てきます。その代表的な存在として、正義感が強すぎて仕事も家族も失う中尾という男が描かれています。

染井:そうなんですよね。リアルな世界でも、一度間違いを犯した人たちに対して、なんだろう、もう絶対に幸せになってはいけない、というか、許さないっていう一部の人たちがいるじゃないですか。芸能人が何か不祥事を起こしたら一生言う人たち。

その代表みたいな中尾の存在が欲しかったんですよね。そして、それは最後のシーンにも繋がるんですが、服役していた半グレ組織の一員と中尾を対峙させたかった。そのシーンが今回、僕が一番書きたかったシーンなので。

──その染井さんが書きたかったシーン、というのがどんな場面なのかは『鎮魂』を読んでいただくとして、最後に読者にメッセージなどがあれば、お願いします。

染井:正解のないテーマに挑んだのが『鎮魂』です。事件が起きて、被害者と加害者が出た時点で、一応法律はあるのでしょうが、それとは別の感情的なところで、どの段階で被害者は加害者を許すのか。加害者はどうすれば許されるのか。それとも、永遠に許されることはないのか。そういう正解のないお話だと思います。

白黒ハッキリ、というのが好きな人が多いのかもしれませんが、是非こういうテーマにも触れていただきたい。こういう時代だからこそ、読んでもらいたいなと思っています。

COLORFUL
2022年5月22・23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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