『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』
- 著者
- エドガー・アラン・ポー [著]/河合 祥一郎 [訳]
- 出版社
- KADOKAWA
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784041092439
- 発売日
- 2022/02/22
- 価格
- 836円(税込)
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シェイクスピア研究の第一人者がなぜ米国作家・ポーを翻訳したのか
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
ポーの代表作を「ゴシックホラー編」と「怪奇ミステリー編」の二巻に編んだ新訳版である。このところポー人気が再燃しているが、この作家はとりわけ日本で人気が高い。考えてみると、明治時代からこれほど絶え間なく、これだけの種類の編訳集が出ている作家はいるだろうか。
さて、河合祥一郎によるポー新訳と聞けば、興奮せずにはいられない。まず、シェイクスピア研究の第一人者がなぜ米国作家のポーの翻訳を手がけたか。あとがきによれば、原文でその魅力に耽溺したのが高校生の頃。その後、シェイクスピア学者として韻文の翻訳を豊富にこなしてからポーに立ち戻ったところ、韻文の技巧に圧倒され、この独特の「凝り」を再現せずにポーを訳したことになろうか、と新訳に乗り出したという。
有名な詩「大鴉」は「巧みに演劇的に構成されている作品」だというが、第十五連のTempter(誘惑者)とTempest(嵐)の訳語など、翻訳者からすると後光が射して見える。「妖しの魔王」と「嵐の魔法」と、一語の中で何箇所も押韻を再現した訳語になっているのだ。
訳出するのは当然ながら意味だけではない。河合訳の場合、「押韻」に加えて「韻律」までが再現されているので、もう吐くため息も尽きてしまうほどだ。ちなみに、「アナベル・リー」は弱弱強四歩格と弱弱強三歩格の韻律が交互に繰り返されるのだが、これは「大きなのっぽの古時計」の韻律と同じだそう。
「ゴシックホラー編」は、パンデミックを背景にした「赤き死の仮面」「黒猫」「アッシャー家の崩壊」など、「怪奇ミステリー編」は、推理小説をこの世に誕生させた「モルグ街の殺人」と「黄金虫」などを収録。後者の巻末に附された「ポーの用語」と、「ポーの死の謎に迫る」は出色の新文献だ。彼の死因はアルコール依存でも、選挙の謀略でもなく……これまでの通説が鮮やかに覆される! デュパンの謎ときも顔負けである。