歴史小説ファンに朗報! あの新星が活写する烈々たる士魂

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余烈

『余烈』

著者
小栗 さくら [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065273807
発売日
2022/04/27
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

歴史小説ファンに朗報! あの新星が活写する烈々たる士魂

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 歴史タレントとして縦横無尽の活躍をする小栗さくら、初めての歴史小説集である。

 題名の“余烈”とは先人の残した功績を意味するが、本書は、烈々たる士魂そのままに幕末を生き、あるいは志半ばにして逝った男達の像を見事なまでに活写した会心の一巻と見た。

 藩論によって心の師、軍学者・赤松小三郎を斬らねばならなくなった中村半次郎が、己れの心を、常に水を湛えながらも凪いでいる薩摩の火口湖・住吉池のごとくあらしめんとする「波紋」。この作品では湖面のように凪いだ心を持つ者が、人の生死を写し取る覚悟を持つとされている。

 次に小栗忠順と義理の息子・又一(忠道)の最期を描いた「恭順」では、幕府が崩壊しても日本の将来を諦めなかった父子の姿を堂々たる筆致で描いている。

 圧巻なのは、武市半平太と彼が敬愛する藩主・山内容堂との関係を捉えた「誓約」である。もはやこの作は、歴史小説を何年も書いたベテランの手によるものだと言っても、疑問を差し挟む者はいないだろう。両者の間の愛情・葛藤・真意が瑞々しくも力強く描き出され、私は本書の中でこの一篇がいちばん気に入った。特に二百頁で放たれる容堂の真意の迫力には胸を突かれる思いがした。読者もここに至って、何故この作品が吉田東洋暗殺から筆を起こさねばならなかったかを了解するだろう。また、半平太を客観視する装置として坂本龍馬を据えているのも、気が利いている。

 掉尾を飾る「碧海」は、土方歳三の最期を見届けた立川主税が、生きている者に死した者のことを伝える、これも弔いの一つだったと悟る姿を清々しく描いた逸品。人にとって何が己れの意地なのか、激動の時代を生きた者の問いかけはそれだけで重みがある。

 幕末を描いた秀作として、多くの歴史小説ファンの注目を集める好著の登場を喜びたい。

新潮社 週刊新潮
2022年6月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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