そこは「保安のため」の収容施設 精神医療という人権侵害を暴く

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そこは「保安のため」の収容施設 精神医療という人権侵害を暴く

[レビュアー] 篠原知存(ライター)

 DV夫の策略で、精神疾患の既往歴もないのに3ヶ月間も精神科病院に閉じ込められた。

 市職員と屈強な男たちが突然やってきて、無理やり連れ去られて強制入院、薬漬けにされた。

 摂食障害で入院したら身体拘束。24時間ベッドに縛り付けられて77日間過ごした。

 どこかの強権国家の話ではない。いま、この日本で、精神医療という名のもとにまかり通っている人権侵害の事例が次々に綴られていく。著者は東洋経済調査報道部の記者たち。患者からの手紙をきっかけに問題山積の現場を取材し始めたという。

 日本の精神医療の実態が、国際的基準とかけ離れていることは、数字を見るだけでも明白だ。日本には精神病床が約34万床、その数は世界の総数の5分の1を占める。平均在院日数は265日と突出して長く、身体拘束の実施率も著しく高い。

 医療保護入院という独特の制度によって、家族一人の同意と、精神保健指定医の診断があれば、本人の意思に関係なく強制入院させられる。入院期間を決めるのは指定医。犯罪者でさえ裁判を受ける権利があるのに、患者は(患者でなくても)精神疾患という診断ひとつで問答無用に隔離されてしまう。

 日本精神科病院協会の会長は、取材に対して「社会秩序の担保と保安機能を担っている」と公言する。精神病床が治療目的だけでなく、保安のための収容施設となっていることを認めている。しかし、誰が保安の対象になるかを、医師の一存で決めてしまっていいわけがない。

 本書でも指摘されているが、読みながら思い浮かべたのは、ハンセン病患者に対する人権侵害との共通点だ。精神疾患を患う人たちの受け皿は必要不可欠だが、人の尊厳を踏みにじるような制度は改められるべきだろう。ちなみに認知症も医療保護入院の対象。「収容所」送りは、誰にとっても他人事ではない。

新潮社 週刊新潮
2022年6月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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