ロシア文学の旺盛な食欲そして飽食の次の時代とは食と文学を繋げる文庫

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  • ロシア文学の食卓
  • 一汁一菜でよいという提案
  • 舌の上の散歩道

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ロシア文学の旺盛な食欲そして飽食の次の時代とは食と文学を繋げる文庫

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 ロシアの知識人は、伝統的に食べることにあまり重きを置かないらしい。

 とはいえ、個々の作品には食事の場面が登場し、食文化史の貴重な資料にもなる。古典からソルジェニーツィン、現代小説まで取り上げる沼野恭子『ロシア文学の食卓』によると、ロシアの二大グルメ小説は、ゴーゴリ『死せる魂』と、ゴンチャロフ『オブローモフ』だとか。

 前菜、スープ、メイン料理、サイドディッシュ、デザート、飲み物。本の章立てがロシア料理のサーブの順番になっていて、食欲がそそられる。

 びっくりするのが食事の量だ。チェーホフは、短編「おろかなフランス人」で、フランス人道化師の目を通して、ロシア人のブリヌィ(クレープのような前菜)の豪快な食べっぷりを描く。A・K・トルストイ『セレーブリャヌィ公』は、ハクチョウの丸焼き二百羽が供される、イワン雷帝の贅を尽くした饗宴のようすを伝える。

 それぞれの作品紹介が簡にして要を得ていて、すぐれたブックガイドにもなっている。

 読むだけでお腹いっぱいになり、自然と手が伸びたのが土井善晴『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)。「持続可能な家庭料理」という実践は合理的で、飽食の次の時代を反映する。

 名著の誉れ高い古波蔵保好『料理沖縄物語』(講談社文庫)は、著者の記憶の中にある懐かしい沖縄の風俗を今に伝える。身内が亡くなった家では、葬式が終わるまで三度の食事は豆腐のすまし汁と白飯の「一汁」で過ごし、お盆には、「祖霊」にお供えし、お相伴するかたちでたまのごちそうを楽しんだという。

『パイプのけむり』シリーズで知られる團伊玖磨『舌の上の散歩道』(小学館文庫)も隠れた名著だ。

 ロシア人顔負けの旺盛な食欲に圧倒される。なにしろ食べ過ぎて動けなくなることが「三日に一度位」あるというのだ。白飯でもTボーンステーキでも、心ゆくまでおかわりする。もしかしたら、軍隊にいたころの空腹の記憶がそうさせたのかもしれないけれど。

新潮社 週刊新潮
2022年6月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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