「異聞 本能寺の変 『乙夜之書物』が記す光秀の乱」萩原大輔著(八木書店)

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異聞 本能寺の変

『異聞 本能寺の変』

著者
萩原大輔 [著]
出版社
八木書店出版部
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784840622462
発売日
2022/03/29
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

「異聞 本能寺の変 『乙夜之書物』が記す光秀の乱」萩原大輔著(八木書店)

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大准教授)

光秀不在説 典拠を解読

 先年「明智光秀は本能寺攻めの現場にいなかった」という説の提起が報道され話題となった著者が、その典拠となる史料『乙夜之書物(いつやのかきもの)』をあらためて詳細に読み解いて、本能寺の変(本書は「惟任(これとう)光秀の乱」と呼ぶ)をめぐる興味深い挿話を次々と紹介し、この日本史上最大の謎とも言うべきできごとに迫った。

 『乙夜之書物』の著者は、江戸時代前期に加賀藩前田家に仕えた兵学者の関屋政春。彼が耳にした過去の逸話などを記した記録がこれで、自筆本が現在に伝わる。といっても、書かれたのは本能寺の変から約90年経(た)った後のことであり、書かれていることが事実とはかぎらない。

 そこで著者は政春に昔話を語った人物の経歴を徹底的に調べる。先の本能寺の挿話は、光秀の重臣斎藤利三の三男利宗が語った内容を、彼の妹の孫から聞いたとある。そのほか紹介される挿話の情報源をたどると、同時代人かその子や孫の世代に行きあたる。だからといって、やはりそれが事実かどうかは慎重な判断が必要だが、自身の体験を語る戦国時代の生き残りや、その語りを文字にして伝えようとした人が多いことに驚かされる。彼らは何のためにこうした体験を語り、書きとどめようとしたのだろうか。

 この記録は50年ほど前に目録に収められて公開され、研究や歴史叙述に利用されてきた。その意味では“知る人ぞ知る”史料であった。だから新発見というわけではない。

 ただ本書を読むと、史料はわたしたちに見つけられることを待っているのだと強く感じた。もちろん見つけただけでは駄目で、また見いだすのにも勘が必要であり、その勘は史料に接する経験により磨きあげられる。そしてその中身を地道に一字一句読みこんで解釈し、さらに歴史の流れに位置づけなければ画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く。300年以上前の人々の語りに耳を傾けようとした著者の史料との格闘がうかがわれ、行間からは歴史を知ることの愉(たの)しみがほとばしる。

読売新聞
2022年6月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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