『シャギー・ベイン』
- 著者
- ダグラス・スチュアート [著]/黒原 敏行 [訳]
- 出版社
- 早川書房
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784152101259
- 発売日
- 2022/04/20
- 価格
- 3,850円(税込)
書籍情報:openBD
『シャギー・ベイン (原題)SHUGGIE BAIN』ダグラス・スチュアート著(早川書房)
[レビュアー] 辛島デイヴィッド(作家・翻訳家・早稲田大准教授)
貧困と愛 母支える少年
踊って、酒を飲んで、少しばかり生きたい。身勝手な夫と三人の子供と両親のアパートに同居するアグネスは、息苦しい日々からの脱却を切望する。
1980年代の英グラスゴーで夫が新たな住まいに選んだのは、希望とは程遠い貧しい元炭鉱町。二人の関係は間もなく崩壊し、シングル・マザーとなったアグネスは孤立を深める。生活費は福祉給付金と児童手当だけで、その大半は酒代に消えていく。近所の女たちにも毛嫌いされ、男たちにはいいように使われてしまう。
末っ子のシャギーも、母親と同様に孤立気味だ。人形遊びを好み、言葉遣いが丁寧な少年は、近所や学校で心ない言動の標的となる。家族も世間もシャギーを「矯正」しようとする。弟を気遣う異父兄さえも、「生き抜くために」と、しゃべり方や歩き方をまわりに合わせるよう促す。
真の理解者は母・アグネスだけだ。「男の子らしくない腰の使い方」をしながら踊っているところを近所の子供に茶化され動揺する息子にさらっと言いのける。「わたしなら踊りつづけるな」と。シャギーは再び踊り出し、自分の中から「何か」が溢(あふ)れ出すのを実感する。
だが、そのアグネスもアルコール依存症に苛(さいな)まれ、子供どころか自分の世話もままならない。人はどんどん離れていき、シャギーは幼くして母の生活と精神の支えになることを余儀なくされる。愛のある語り口と適度なユーモアが読者を引き込むが、その生活の「実態」は目に余る。二人は貧困から生まれる負の連鎖から抜け出すことができるのだろうか――。
自伝的要素が強いとされる本書で描かれるのはシャギーの青年時代まで。ファッション業界で活躍し、本書で英ブッカー賞を受賞した著者の成功と重ね、シャギーの将来にも希望を見出(みい)だしたくなる。些(いささ)か楽観的な読み方かもしれないが、シャギーは、それだけ愛(いとお)しく、心から応援したくなるような人物なのだ。黒原敏行訳。