『天使突抜おぼえ帖』通崎睦美著(集英社インターナショナル)

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天使突抜 おぼえ帖

『天使突抜 おぼえ帖』

著者
通崎 睦美 [著]
出版社
集英社インターナショナル
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784797674101
発売日
2022/04/26
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

『天使突抜おぼえ帖』通崎睦美著(集英社インターナショナル)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 この本の序に「京都の下町」という言葉が見える。では京都の山の手はどこかなと思ってしまうのは、単純な東京脳。近所に住む人々が声をかけあい、適度な距離で気づかいを交わしながら生活を続けている町内。その実感をこめて「下町」と呼んでいるのだろう。しかもそこは「天使突抜(てんしつきぬけ)」という独特な名前の町。

 木琴の演奏家として活躍する通崎睦美が、自分の生まれ育った町と家族と、音楽をめぐる生活について書きつづった一冊である。かつては郊外からの行商人が訪れたり、他県から来る先生が寺の境内で開いていた教室で、著者が器楽を初めて習ったりというように、町は外のさまざまな人と出会う空間でもあった。

 その最初の先生は「楽譜を大切にして、真心のこもった誰よりも美しい音色で楽しく演奏すること」と自作の練習曲集に書いていたという。出会いをめぐる記憶のうちには、悲しい別れも、過酷な歴史もある。だが楽譜と同じように、しっかりとした芯を心に保ちながら、日々の暮らしを楽しんでゆく。その構えが人生を豊かなものにするのである。

読売新聞
2022年6月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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