半グレ集団の事件をテーマに描いた現代日本の姿 復讐と正義、心の闇に迫る社会派ミステリー

レビュー

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鎮魂

『鎮魂』

著者
染井為人 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575245219
発売日
2022/05/19
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

凶悪な半グレ集団なら殺されても自業自得と言えるのか?主要メンバーが次々と殺され世論は沸騰する──「復讐」と「正義」、人間の心の闇に迫る社会派ミステリー『鎮魂』染井為人

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 世間に悪名をとどろかせる半グレ集団「凶徒聯合」のメンバーが何者かに殺された。抗争か? 復讐か? 警察は捜査をはじめるが、手がかりはいっこう掴めない。そんななか、第二の被害者が……「許される罪はあるのだろうか」という正解のないテーマに挑んだ、社会派サスペンスの傑作。

「小説推理」2022年7月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『鎮魂』の読みどころをご紹介する。

 ***

凶悪な半グレ集団の主要メンバーが、次々と殺された。世論は沸騰し、波紋が広がっていく。復讐・正義・罪と罰。染井為人の問いかけは、重く、厳しい。

生活保護やワーキングプアなどの問題を扱った、染井為人のデビュー『悪い夏』は、きわめて現代的な社会派ミステリーだった。作者は以後も、その姿勢を貫きながら、作品世界を深化させた。本書は、現代的な社会派ミステリーであると同時に、普遍的な人間の心の問題に迫っているのである。

半グレ集団『凶徒聯合』の主要メンバーのひとり、坂崎が殺された。凶暴凶悪な行動で知られる『凶徒聯合』は、別の殺人の件で、カリスマ・リーダーの石神が海外逃亡を続けている。一方、主要メンバーの多くは、表社会でも上手くやっていた。それでもメンバーは石神に支配され、『凶徒聯合』から離れることができないようだ。

坂崎が殺された事件を追うのが、警視庁組織犯罪対策部特別捜査隊の古賀と、若い同僚の窪塚である。生活安全課時代から、坂崎たちを知っている古賀。『凶徒聯合』のメンバーなどを当たるが、捜査は進展しない。そんなとき、やはり元メンバーで、ユーチューバーの田中が、配信中に殺され、世論が沸騰するのだった。

『凶徒聯合』の主要メンバーと、古賀の視点を交互にしながら物語が進行するかと思ったら、いきなり犯人視点のパートが挿入されて驚いた。実は坂崎の殺されたときの状況から、海外の超有名な古典ミステリーのネタを使ったのかと思ったが、まったく違っていたようだ。作者は早い段階で、犯人の行動や動機を露わにする。

しかし、それで面白さが損なわれることはない。現在の生活が大切になり、結束が揺らいでいる、主要メンバーたち。『凶徒聯合』の動きから見えてきた、警察の内通者の存在。窪塚の不可解な態度。犯人の恋人が抱える秘密。『凶徒聯合』の本を出そうとしている編集者の天野。自分なりの正義感に突き動かされ“凶徒聯合被害者の会”を立ち上げた中尾。さまざまな要素と人物が絡まり、物語の先が読めない。作者のミスリードも巧みであり、終盤からエピローグにかけての展開に、仰天してしまったのである。

そしてストーリーを通じて、幾つかの重い問いが、読者に投げかけられる。犯人の動機は「復讐」だが、これをどう受け止めればいいのか。中尾の「正義」は、歪んでいるのではないか。一連の事件から浮かび上がる人々の「罪と罰」に、戸惑わずにはいられない。だが、そこに作者の狙いがある。善悪が複雑に入り混じった、現代日本の姿が、ここにあるのだ。

小説推理
2022年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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