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芥川賞作家が醸し出す「木造アパートもの」の不思議な味わい
[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)
木造2階建て、家賃は3万円、部屋は4つ。西武池袋線の東長崎駅から徒歩5分。1960年代頃に建てられたかたばみ荘には、ある習いがあった。引っ越すときには、次の入居者を探すこと――滝口悠生『高架線』は、このアパートの元住人らが文字通り「語る」小説だ。
彼らはまず名乗る。何度も名乗る。〈新井田千一です〉〈七見歩です〉〈七見奈緒子です〉〈峠茶太郎です〉。しかし誰に向かって話しているかは分からない。2001年から4年半かたばみ荘に住んだ新井田の次の住人、片川三郎の失踪の話が中盤まではメインになるが、その顛末が主軸というわけではない。
昔の文通相手のこと、古い映画のあらすじ。かたばみ荘を接点にしながら、誰もが自分にまつわることを話している。ある人物の〈私、まだまだ全然話し足りないんです。もっともっと、しゃべりたい〉という言葉に凝縮された「自分語りの快」が、読者にとっても快い。
木造2階建て、部屋は8つ。柴崎友香『春の庭』(文春文庫)は、築31年の世田谷のアパートに住む会社員の太郎が、住人の中年女性・西と知り合うところから始まる。西は、アパートの隣の家、かつてそこに住んでいた夫婦がお互いの姿を撮った写真集の舞台でもある洋館風の家に執着を示していた。太郎は西にあることを頼まれ、彼女とともにその家を訪れる。
太郎が父の骨をすりつぶしたすり鉢や、都内に埋まっている不発弾などうっすらと不穏なものが、本筋とは関係なさそうな顔でそこここに置かれている。後半の人称の切り替えもあいまって、温かなタイトルから予想されるイメージをそこはかとなく裏切るのがいい。
木造モルタル2階建て、瓦屋根。長嶋有『三の隣は五号室』(中公文庫)は、横浜郊外にある1966年築の第一藤岡荘五号室に住んだ13組の物語だ。お互いを知らない彼らが同じ部屋を使ったことで、設えや傷を知らぬ間に共有していたという、どんな賃貸住宅にも当てはまる自明のことを面白く思える不思議さに感動せずにはいられない。