原作の圧倒的緻密さと奥深さ 映像の緊迫感にもついつい息が

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冷血

『冷血』

著者
トルーマン・カポーティ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784102095065
発売日
2006/06/28
価格
1,210円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

原作の圧倒的緻密さと奥深さ 映像の緊迫感にもついつい息が〈あの映画 この原作〉

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 読後しばらくは他の本の内容が薄っぺらでくだらなく思えてしまうほど。再再読の今回も、3か月くらいはどんな本にも満足できないだろうな。感動作ではないし、衝撃作で済ますにはあまりに奥が深い。簡潔で淡々とした筆致ながら、この作品には圧倒的な存在感があるのだ。ノンフィクション小説という新形式を作り出し、ジャーナリズムの世界にも影響を与えた唯一無二の傑作。それがカポーティの『冷血』だ。

 ’59年11月にカンザス州の片田舎で起きた一家4人惨殺事件。カポーティは現地へ何度も足を運び、住民、捜査関係者、逮捕された犯人2人、その家族知人に徹底的な取材を行い、犯人が絞首刑になる瞬間までを見届けた。5年にわたる綿密な取材と膨大な資料。作品には、被害者4人それぞれの生前の様子が生き生きと描かれ、それと並行して犯人の過去や心理が細かく綴られる。読者は被害者と加害者の人生を追体験し、登場する人たちの肉声を聞いているような錯覚を覚える。

『冷血』は’67年にリチャード・ブルックス監督・脚本で映画化された。原作と同じように淡々と描かれる事件の顛末。原作には出てこないジェンセンという雑誌記者が時々登場しては補足的な台詞をいうのは余計だったが、モノクロ映像がドキュメンタリー作品のような緊迫感とリアリティーを生み出す。ラストは死刑執行の場面。絞首刑になる恐怖がこちらにも伝わり、緊張のあまり喉がヒリヒリして息もまともに出来ないほどだ。ラストカットは決して忘れられない。

 原作の最後はそれから4年後の墓参の場面。小麦畑が金緑色に輝く季節、捜査官と被害者の親友だった少女が交わす会話の何という優しさ。生と死、罪と罰、虚しさまでも描き切った後のこの穏やかさが、作品に奥行きと余韻をもたらした。

 判決から5年後の絞首刑まで、カポーティは犯人と交流を続け信頼関係を築いていた。だが、死刑執行という結末があってこそ作品は完成する。親近感すら抱くようになった相手の死を恐れつつも、それを望む作家……。取材開始から作品の完成までを描いた’05年の映画『カポーティ』も必見。

新潮社 週刊新潮
2022年6月23日早苗月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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