『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子著(講談社)
[レビュアー] 柴崎友香(作家)
とある会社の地方支店で手作り菓子をふるまう女性社員。体が弱く休みがちな彼女や横柄な男性社員に複雑な思いを抱く二谷と、業務のしわ寄せを受けがちで彼女にいじわるをしようと持ちかける「わたし」。どこにもありそうな人間関係と覚えのある違和感が絡みあい、二谷視点と「わたし」の語りによるねじれや空白を含んで小説は進む。
職場という狭い場所は暗黙の了解が幾重にも取り巻く世間の縮図でもある。そこにある歪(ゆが)みや折り重なる感情に潜むものをじわじわと表出させるのが、作者はとても上手(うま)い。各々(おのおの)の中で育っていく不穏な感情。食べることをめぐる「気づかい」「配慮」や「思惑」が、人間関係の中で抑圧的にも作用する。過去の経験が重ね合わされ、そこからはみ出す人、はみ出さないよう過剰に適応する人の間を揺れ動きながら、事態は後戻りできなくなっていく。
軋(きし)んだ関係は噛(か)み合わないまま、登場人物たちを選択の先へと運ぶ。平凡に見える表面の下で不穏さが増す彼らの今後に想像を巡らせてしまいつつ、自分の中で波立った感覚が本を閉じた後も残っている。