『リバタリアンが社会実験してみた町の話 (原題)A LIBERTARIAN WALKS INTO A BEAR』マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング著(原書房)

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リバタリアンが社会実験してみた町の話

『リバタリアンが社会実験してみた町の話』

著者
マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング [著]/上京 恵 [訳]
出版社
原書房
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784562071555
発売日
2022/02/24
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

『リバタリアンが社会実験してみた町の話 (原題)A LIBERTARIAN WALKS INTO A BEAR』マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング著(原書房)

[レビュアー] 小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

「何でもあり」自由の果て

 2004年、アメリカ北東部ニューハンプシャー州の田舎町グラフトンに突如リバタリアンの一団が移住してきた。個人の自由を重視し、あらゆる権威を嫌い、小さな政府と純粋な市場というビジョンを抱くリバタリアンたち。彼らは「フリータウン・プロジェクト」を企図し、州の中でもとりわけ官僚政治に非協力的なグラフトンを新天地に選んだ。

 ところが、リバタリアンたちが移住したグラフトンには、飼い猫や家畜を襲う熊たちがいた。彼らが田舎町を賭博の権利から麻薬売買の権利、決闘する権利など「何でもあり」の自由な場所に変えようとする中、熊たちも自分たちのユートピアを模索していた。熊たちにとって、法律や条例に従った居住の安全性よりも、キャンピングカーなどでキャンプを自由に渡り歩く暮らしを重んじる彼らは、無防備な隣人だった。

 ホラー映画のように熊の不穏な動きが観察されるなか、リバタリアンたちの社会実験は喜劇的な様相を呈していく。本書は、移住者と地元住民の興味深いエピソードを綴(つづ)りながら、いかにして自由愛好家たちが夢見たユートピアが崩壊し、住みにくい町へと変貌(へんぼう)していったかを描いたノンフィクションである。

 フリータウンに引き寄せられた者には、自給自足を夢見る無政府主義的な共産主義者もおり、移住者は一枚岩ではなかった。彼らはキャンプでの焚火(たきび)から交通違反まで何でも自分たちの自由を擁護してもめごとを起こした。税と権威を拒否した結果、教会は買収され、公共施設やサービスは荒廃した。

 そしてついに熊が人を襲う事件が起きる。生ごみなどの管理や土地区画規制に従うのも、熊対策に税を払うのも嫌な彼らは、各自のやり方で熊に対処した。だが彼らの中には、銃をぶっ放す権利を主張する者もいれば、熊にせっせと餌やりをする動物愛護者もいるのだ。

 自由を至上のものとしたユートピア。本書はそれを批判しも擁護しもしない。だが考えてしまう。この物語が示唆する教訓は何だろうかと。上京恵訳。

読売新聞
2022年6月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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