『サスペンス小説の書き方 (原題)Plotting and Writing Suspense Fiction パトリシア・ハイスミスの創作講座』パトリシア・ハイスミス著(フィルムアート社)

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サスペンス小説の書き方

『サスペンス小説の書き方』

出版社
フィルムアート社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784845921133
発売日
2022/02/22
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

『サスペンス小説の書き方 (原題)Plotting and Writing Suspense Fiction パトリシア・ハイスミスの創作講座』パトリシア・ハイスミス著(フィルムアート社)

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

人間の光と闇 描くコツ

 著者のパトリシア・ハイスミスの名前だけではピンとこない方でも、『太陽がいっぱい』『見知らぬ乗客』という古典的名作サスペンス・ミステリーのタイトルはご存じではなかろうか。この二作でハイスミスによって世に送り出されたプロットは、ミステリー小説の礎石となるものとして現代まで多くの作品でカバーされ続けている。SF小説における「タイムマシン」や「透明人間」と同じくらいポピュラーでありながら、今も新しいバリエーションが編み出されているという奇跡の大ネタなのだ。

 当然、ハイスミス自身も世界的なレジェンド作家の一人である。我が国でも根強い人気があり、代表作は気軽に入手して楽しむことができる。なのに、そんなハイスミスが著した唯一の「創作指南」である本書は、何と本邦初訳なのだという。一九六六年にアメリカのライター社から初版が刊行、一九八一年に増補改訂版が再版、英米を中心に版を重ね読み継がれてきたというこの本は、携帯電話とインターネットこそ出てこないものの、「作家志望者に向けたサスペンス小説の書き方」という中心的な内容はいささかも古びていない。自身の作品を俎上(そじょう)に、創作過程の苦労と工夫、迷いや発見を具体的に明かして、率直な語り口にほろ苦いユーモアが混じる。名探偵ものや警察小説なども幅広く内包する「ミステリー小説」ではなく、敢(あ)えて「サスペンス小説」の呼称で通しているのも、その一路への情熱の故であろう。

 サスペンス小説を愛し、真摯(しんし)に創作を続けたハイスミスは、一方で主流文学に受け入れられないことに悩んでいたという。しかしサスペンス小説を捨て去って、高踏な「文学」にすり寄ってゆくことはなかった。サスペンス小説は人間の光と闇を描き、多くの読者に尽きせぬ物語的愉悦を提供することができると信じていた。その信念が、作家志望者に語りかける本書の言葉の端々で星屑(ほしくず)のように輝いている。坪野圭介訳。

読売新聞
2022年6月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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