『東アジア国際通貨と中世日本 宋銭と為替からみた経済史』井上正夫著(名古屋大学出版会)

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東アジア国際通貨と中世日本

『東アジア国際通貨と中世日本』

著者
井上 正夫 [著]
出版社
名古屋大学出版会
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784815810610
発売日
2022/03/08
価格
8,800円(税込)

書籍情報:openBD

『東アジア国際通貨と中世日本 宋銭と為替からみた経済史』井上正夫著(名古屋大学出版会)

[レビュアー] 牧野邦昭(経済学者・慶応大教授)

貨幣価値の維持と国家

 現在の日本では実感しにくいが、自国の貨幣が信用されず、米ドルやユーロ、また仮想通貨が決済手段として喜ばれる国はかなり多い。ある社会で何が貨幣として信認されて使われるかは実は簡単には決まらず、その国の政府や中央銀行が自国で流通する貨幣をコントロールできないこともしばしばある。

 本書は中国の宋代、特にその中の北宋(960~1127年)で大量に発行された銅銭である宋銭が中国のみならず日本や朝鮮など東アジア全域にもたらした大きな変動を描く画期的な著作である。宋銭は宋と敵対していた遼でも流通するなど高い信用を得て、宋が元によって滅ぼされた後も中国南部では継続して利用される。日本では和同開珎以来、銅銭が発行されていたが、朝廷による恣意(しい)的な交換比率の設定などの公権力の介入により銅銭への信用が失われ、逆に東アジアで広く流通していた宋銭が中世の日本にも大量に流入して使われる。このように滅んだ国の貨幣が広く利用されるという現象は、追加供給が無いので価値が維持されること、また長く使える金属貨幣でありながら適度な摩滅が長期間使われてきたという信用を生み出したことで説明できるという。貨幣価値が維持されるには貨幣供給量の安定と長期的な信用の存在が重要であり、それには必ずしも国家を必要としないことは非常に興味深い。

 一方で元の紙幣は乱発によって価値を失い、明の銅銭は恣意的な価値設定によって信用されず、中国ではアメリカ大陸や日本から流入した現物の銀が貨幣となっていく。日本では織田信長などが発した撰銭令(えりぜにれい)(銅銭の質に応じて交換比率を決めた)がやはり恣意的だったために銅銭が忌避されるようになり、金・銀そして米が貨幣となり江戸時代の石高制へとつながっていく。権力が貨幣を制御することの難しさを改めて実感する。

 本書を通じて宋銭がもたらした影響と貨幣の複雑な性質を知ることは、国家から中立的な仮想通貨が広まりつつある現在の金融政策の課題を考えるうえでも役に立つだろう。

読売新聞
2022年6月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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