『宮城谷昌光対談集 縦横無尽の人間力』宮城谷昌光著(中央公論新社)
[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)
中国古典とリーダー論
歴史から学ぶものは限りない。世に流布されている常識や固定観念の誤りを正し、蒙(もう)を啓(ひら)いてくれる。多数決信仰もそうだ。少数意見は尊重するが、最後は多数決で決めるのが民主主義だと信じられている。しかし、宮城谷さんは中国の古典におもしろいヒントがあるという。
ある大国が南の大国と黄河を挟み対決した。戦うべきかを諮ったら武将11人中8人が戦うことを主張した。にもかかわらず元帥は戦争を回避する道を選んだ。元帥は言う。「多数決とは、良い意見が多い場合に多数決と言うのだ。戦争を回避したほうが国の利益になるという判断は非常に正しくて優れている。その意見が三票も入ったのだから、これはやめるべきだ」
元経団連会長平岩外四さんは、むしろそれが経営者の日常だと賛意を表する。多数決で決めても経営者のエクスキューズ(言い訳)にならない。自分でこれは違うと判断したら多数決を否定するか、もう一度考え直せという。
本書は中国歴史文学の第一人者が「宮城谷ファン」の経営者や、ミュージシャンなどとそれこそ縦横無尽に論じたものである。一貫しているのは「リーダーはいかにあるべきか」だ。監督も将軍も同じ。一番人気がある将軍は「功を誇らない人」という宮城谷さんに、伝説の投手江夏豊さんは言う。「それだったら、野村克也なんて、あっという間に下克上ですよ(笑)。負けりゃ選手の責任で、勝ったら『オレが上手いから』」。それも一つのリーダー論。
秦の宰相范雎(はんしょ)に引退を勧めた蔡沢(さいたく)の「人を本当に映すのは人である」という言葉を引きながら宮城谷さんは引き際の美学を語る。「人というのは進むか引くかしかないんですよね。留(とど)まるということは、自分が留まっているように思うけれども、時勢というものが流れているので、やはり進んでいるということになる」。進退の鮮やかさが結局はその人の生き方の美しさにつながるのだ。何とも含蓄の深い言葉である。