『ハイドロサルファイト・コンク』花村萬月著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ハイドロサルファイト・コンク

『ハイドロサルファイト・コンク』

著者
花村 萬月 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717839
発売日
2022/03/25
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ハイドロサルファイト・コンク』花村萬月著

[レビュアー] 平沢裕子

■闘病小説のリアルな痛み

痛いのは嫌だ。病気の治療でどうしても痛みに耐えなければならない場合、治癒の可能性と痛みの程度、そしてそのときの年齢をてんびんにかけて、治療を受けるか決めたいと評者は思う。では、治療を受けなければ5年後に9割が死ぬ病気と63歳で宣告されたらどうか。芥川賞作家の著者は、まさにこの状況におかれた。

診断された病気は骨髄異形成症候群。「くすぶり型白血病」とも呼ばれ、放置すれば数年で白血病となるリスクが高い。唯一、治癒が期待できる治療法が骨髄細胞の移植だ。最初は治療せずにいようと思っていた著者だが、50代半ばでめとった若い妻と2人の娘に哀願され、また小説への執着もあり、治療することを選択する。本書は、発症から治癒と呼べる状態になるまでの日々を描いた闘病小説だ。

骨髄移植は、提供するドナーがいて初めて成り立つ医療といえる。移植を受けたいと思っても、適合する骨髄が見つからなければ治療ができない。移植のための骨髄は、患者とドナーの白血球の型が適合している必要があり、適合率は兄弟姉妹で4人に1人、血縁関係がないと数百人から数万人に1人の確率。宝くじに当たるようなものだ。

幸運に恵まれ、骨髄バンクに登録されたドナーからの骨髄を移植した著者は、新たな痛みに苦しめられることになる。GVHD(移植片対宿主病)という移植後特有の合併症だ。移植のための骨髄採取は全身麻酔下で行われ、ドナーの身体的負担も大きい。移植を受けた患者がGVHDになっても、ドナーへの配慮もあり、公の場でその苦痛を語るのははばかられる。しかし、作家の筆は容赦ない。全身の関節の痛み、口内炎、ぼうこう炎・前立腺炎・尿道炎の併発、背骨の骨折…読んでいる方が苦しくなるほどだが、そんな中にあっても小説を書き続けるのが作家の性(さが)ということか。

移植した人全員に同様の症状が出るわけではないが、リアルな痛みの描写は、これから治療を受けようとする人が読むには覚悟が必要かもしれない。ただ、骨髄移植から4年がたとうとする今、作家は大量に執筆している。つらい治療に耐え抜いた後に、平穏な日々が訪れているのも事実なのである。(集英社・2420円)

評・平沢裕子(文化部)

産経新聞
2022年6月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク