起伏ある人生が心を捉える作家 その筆致はリズミカルだが――

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起伏ある人生が心を捉える作家 その筆致はリズミカルだが――

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 生きづらさを抱え、社会への怒りを表現し、三十歳でガス自殺を遂げた。シルヴィア・プラスは、作品のみならず、その起伏ある人生が読者の心を捉えてきた作家である。

 詩や長篇作品が知られているが、訳者・柴田元幸は二〇一九年に発見・出版され、大きな話題になった表題作など、童話も含めて短篇のみで一冊を編んだ。大学時代に雑誌に作品を発表するなど早熟なスタートを切ったプラスだが、表題作は雑誌社に送られたがボツになり、以後、埋もれたままになっていたらしい。

 主人公メアリ・ヴェントゥーラは両親に急かされて一人列車に乗る。終点まで行く予定だが、そこがどういうところなのか、彼女にはまったくわからない……。

 列車は人生の暗喩であり、その出立を描いているのは明らかだが、これを寓話と見なすには筆致が真に迫りすぎている。車中でメアリはこの列車に頻繁に乗っているという婦人に出会う。その人とのやりとりを通じて思いがけない行動に出るのだが、その事態を作者自身の意志の表明のように書いているのだ。

 霊感の強さや予兆をにおわせながらも、筆運びはリズミカルで重くなく、読み進むうちに思わぬ事態に遭遇するさまが、人生そのもののようなヒヤッとした感触をもたらす。

 州立公園にキャンピングにきた若夫婦を描いた「五十九番目の熊」はその典型だ。滞在中に熊を五十九頭見ることに妻は賭け、夫は密かに妻を勝たせたいと思う。妻は負けると本気で傷つくほど「世界を信用している」からだ。ついに五十九番目の熊が現われたときに何が起きるか。読者は予想をはるかに超えた不条理な現場に置き去りにされる。

 シルヴィア・プラスは世界と正面きって取引してしまう人間なのだ。作品にはその証文のような気配が色濃い。こういう作家は生き方と作品の関係を探ろうという読者の誘惑を引き出さずにはおかない。

新潮社 週刊新潮
2022年6月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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