身勝手でしたたかな登場人物たちの小さな愛の炎が揺らめく瞬間

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身勝手でしたたかな登場人物たちの小さな愛の炎が揺らめく瞬間

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 興奮したり動揺したりすると、急激に体温が上がり、自然発火してしまう。そんな特殊すぎる体質を持つ十歳の子供たちと、〈今のこの人生にはなくなってしまったところで惜しいと思うほどのものなどほとんどない〉二十八歳の女性が出会う。『リリアンと燃える双子の終わらない夏』は、デビュー短編集『地球の中心までトンネルを掘る』でシャーリイ・ジャクスン賞を受賞したケヴィン・ウィルソンの長編小説だ。

 舞台はアメリカ合衆国テネシー州。リリアンはかつて自分を深く傷つけた母親の家の屋根裏部屋で暮らし、レジ係として二軒のスーパーで働いている。ある日、上院議員の妻となった友人マディソンから手紙が届く。リリアン向きのおもしろい仕事があるという。その仕事とは、上院議員と前妻のあいだに生まれた双子、ベッシーとローランドの面倒を見ることだった。ネグレクトされ野生児と化していたふたりを、リリアンは腫れ物扱いせず、ユニークな方法で発火を防ぎ、一緒に図書館に行ってささやかな冒険もする。双子はだんだんリリアンに心を開いていく。

 この物語の登場人物は、みんな身勝手でしたたかだ。マディソンがリリアンに双子の世話を依頼するのは、夫の地位を守り、大きな権力を手に入れるため。リリアンがマディソンの頼みを引き受けるのは、旧友とのつながりを保ち、貧しく投げやりな生活から抜け出すため。双子はとりあえずリリアンに従うけれど、気に食わなければ、なにもかも燃やせばいいと思っている。上院議員のサポート役を務める男や、屋敷の有能な料理人も、腹に一物あることを隠さない。きれい事では動かない人々だからこそ、小さな愛の炎が揺らめく瞬間に真実味があるのだ。

 例えば、リリアンと双子がウィスキーソースのパンプディングを食べるくだり。お行儀は悪いのに、なんて美しい場面だろう。三人の終わらない夏を祝福したくなる一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2022年6月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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