なぜ捕まらないのか 脱走犯たちの意外な現実

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逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白

『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』

著者
高橋 ユキ [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784098254255
発売日
2022/06/01
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

なぜ捕まらないのか 脱走犯たちの意外な現実

[レビュアー] 吉田豪(プロ書評家、プロインタビュアー、ライター)

 傑作ノンフィクション『つけびの村』作者の新作は脱走犯がテーマ。正直、新規書き下ろしの後半は失速気味ではあるが、「当の逃走犯たちから手記を得る取材を行った」第1章から第4章まではかなり面白い。

 報道と現実の間にギャップがあるのは世の常だとはいえ、18年の松山刑務所逃走犯が潜伏していた広島県尾道市の向島で聞き込み調査をすると、住人たちの反応が明らかにどうかしているのである。犯人の野宮信一(仮名)が殺人や強姦レベルの犯罪者ではないためか、「野宮くんのこと聞きに来たの? 野宮くん、って島の人は皆こう言うね。あの人は悪い人じゃないよ。元気にしとるんかしら」「信一くん、そんなん隠れとってもしゃあないから、出てきたらご飯でも食べさせてあげるのに、って皆で話してました。もう実は誰か、おばあちゃんとかがご飯食べさせてるんじゃないん、って」「野宮くんは、あの海を泳いで渡ったんだから大したもんや。ここにおったのは、住み心地がいいからやね。犯人が見てもわかるんじゃ、いいとこじゃけね。あはは」と、なぜか誰もが歓迎モード。実際、彼は犯罪者の中ではかなり常識的らしいことが作者とのやり取りでわかってきたりもするんだが、それなら同じく18年の富田林署逃走犯・山本輝行(仮名)の場合はどうなのかというと、こちらは強制性交罪や強盗致傷罪とかの凶悪犯。盗んだロードバイクに日本一周中のプレートをつけて偶然知り合った自転車仲間と旅をしていたことで話題になったんだが、「なぜか、山本と旅を共にしていた同行者について『あっちのほうが怪しかった』『全然話をしない人で、接しづらかった』などという声もあった。その同行者、当時44歳の男性は、自転車を盗んだとして占有離脱物横領容疑で山口県警に逮捕された」というオチに笑った。怪しそうな人間は別に逃走犯ではないが、でも別の軽犯罪は起こしていたわけなのである。現実は報道よりも複雑。

新潮社 週刊新潮
2022年6月30日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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