『僕の狂ったフェミ彼女』
書籍情報:openBD
『僕の狂ったフェミ彼女』ミン・ジヒョン著(イースト・プレス)
[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)
独りよがり「優しい」僕
アラサーの「僕」は、家族や友人たちから「結婚はまだか」と急(せ)かされながらも、4年前に別れた恋人を忘れられずにいた。ある日偶然街で再会した彼女は、なんとフェミニズムの闘士になっていた――。
本作は、「フツーの好青年」を自称する彼と、彼からすると狂っているようにしか見えないフェミニストの彼女との奇妙な恋愛を描くコメディーだ。筆致の軽快さとストーリーの面白さに惹(ひ)かれて読み進めると、ジェンダーの問題に対する個人間の温度差、「男も女も結婚して初めて一人前になれる」とする社会の息苦しさが見えてくる。
とにかく「僕」の空回りっぷりが凄(すご)い。仕事に支障をきたすレベルのセクハラに遭っている彼女に対して、「(君が)可愛(かわい)すぎるせいだよ」「生きてくってのはみんなそういうもんだよ」などと言ってしまう。彼女がなぜフェミニストになったかをろくに考えようとせず、「ひどい男のせいでおかしくなった彼女を僕が癒やしてあげればいい」と問題を単純化し、独りよがりな優しさを押しつける。さらには、親戚や友人に対して体面を保つため、彼女を自分に都合よく“コントロール”しようとする。彼は彼女のことが大好きだが、彼女の意志や人格を無視して自分の欲求を優先する点では、彼女にセクハラをしてくる男と変わりないのだ。
社会における「フツー」を内面化した人間が、「フツー」を受けいれない人々に対していかに無自覚に、暴力的に振る舞ってしまうか。その描き方が実に巧みだ。深刻な現状から目を背け、自分に都合の良い世界で生きようとする「僕」には呆(あき)れるが、彼の抱える問題は間違いなく私の中にも存在する。はたして私は、他人の苦しみを「みんな大変なんだよ」「世の中はそんなもんだから」といった言葉で片付けていないだろうか。そんなことを振り返るきっかけを与えてくれた一冊だった。加藤慧訳。