『戦後日本の学知と想像力 〈政治学を読み破った〉先に』前田亮介編著(吉田書店)

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戦後日本の学知と想像力

『戦後日本の学知と想像力』

著者
前田 亮介 [編集]
出版社
吉田書店
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784910590035
発売日
2022/04/22
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

『戦後日本の学知と想像力 〈政治学を読み破った〉先に』前田亮介編著(吉田書店)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

「社会運動」と異なる思考

 「戦後」と呼ばれる時代も、まもなく八十年の長さに達する。日本の戦後思想史に関する研究も、近年には多く刊行されている。だが、ある特定の型を前提にしているものが、依然として多いように思われる。社会運動と、その背景をなす時代風潮に注目して、たとえば戦後民主主義、六〇年安保、大学紛争といった主題をとりあげるという語り方。

 この本の序で編者は、そうした型が見失わせてしまう「秩序構想の豊かさと広がり」を、戦後の知識人の思想から明らかにすると宣言する。十七人の若い研究者による論集である。東京大学の一、二年次に御厨貴ゼミで学んだ人々による、師の古稀(こき)記念論集という趣旨もある。

 一つの焦点をなすのは、リーダーシップの問題である。政治史家、岡義武に関する論考(村木数鷹)は、マキャヴェッリの『君主論』から学びつつ、リーダーシップを限界づけた「歴史の趨勢(すうせい)」の分析へとむかう、歴史叙述の方法に注目する。前田亮介による坂本義和論は、平和を追求する国際政治学者がとりくんでいたリーダーシップ論を発掘し、そこに漂う「陰影」を明らかにする。

 もう一つの焦点は「フィクション」である。岡義武の弟であった岡義達(よしさと)は、自前の政治原論の構築に終生とりくんでいた。澤井勇海の論考によれば、その思考はリーダーシップの類型論から出発し、やがて政治における「演技」の分析へと行き着く。「フィクション」の思考の重要性は、法学者の来栖三郎、村上淳一が追求した主題でもある(岡田拓也、藤川直樹論文)。熱い“本気”に満ちた社会運動中心の思想論・思想史論とはおよそ対極にある思考様式の、隠れた系譜である。

 そのほか、比較文学や物理学(!)に至るまで、さまざまな専門分野の論考を本書は並べているが、言葉の機能(岡兄弟は文体に凝った人々でもあった)や、探究の方法への関心を通じて、ゆるやかなつながりが見られるのもおもしろい。「学知と想像力」という主題に関して、ゼミ生が乱取りの議論を闘わせている場面に立ちあうような気がしてくる。

読売新聞
2022年6月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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