『すごい神話 現代人のための神話学53講』沖田瑞穂著(新潮選書)
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
ヒット作の原型に迫る
あらゆる物語には原型があり、私たちはその原型の豊富なバリエーションを創造し享受し続けている。小説、漫画、ゲーム、アニメに映画にドラマ。個々の表現形式と媒体が異なるだけで、どれもが大きく豊かな原型の子孫だ。ではその偉大なる原型とは何か。本書はそれを知るための53講である。
著者は神話学研究所を主宰しているこの道の専門家だ。「神話学」自体にあまり馴染(なじ)みのない私たち一般読者が親しみやすいように、現代の大ヒット作品を例に挙げて、神話との関わりを説いてくれる。目次を見て、自分の好きな作品が登場する講が気になったら、先に「チラ読み」してみてもいいだろう。必ず、最初から腰を据えて読み始めたくなるはずだから。
第1講は『鬼滅の刃(やいば)』だ。この大人気コミックのなかで繰り広げられる主人公たちと「鬼」との壮絶な闘い――価値観の対立が、「バナナ型」と呼ばれるインドネシアの「死の起源」神話にも見られるのだという。続く第2講では、同じくこのバナナ型に分類されるナイジェリアの神話に照らして、超ロングセラー名作絵本『100万回生きたねこ』におけるエロスとタナトスについて考察する。第10講で洪水神話の元祖『ギルガメシュ叙事詩』と対比されるアニメ映画『天気の子』は、神話と正反対の構造をとっている反神話的物語であり、洪水神話と比較することで、より深く理解することができるという。スマホゲームがお好きな方なら、第36講を見逃せないだろう。『Fate/Grand Order』のオリジナルキャラクターの一人、「キングプロテア」を取り上げている。この講のタイトルが凄(すご)い。「現代の呑(の)みこむ少女母神」だ。「呑みこむ女神」という神話の型の一つが、現代の人気ゲームのなかに息づいているのである。
著者は言う。「神話は今も生きている」。本書を手に、物語の源としての神々と人の長い歴史に想(おも)いをはせてみるのもまた楽しい。