「予測可能な世界」の冒険の仕方 日本国内を巡った「沢木耕太郎」の旅行記

レビュー

4
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飛び立つ季節

『飛び立つ季節』

著者
沢木 耕太郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103275220
発売日
2022/06/30
価格
1,100円(税込)

書籍情報:openBD

耕太郎はめげていない

[レビュアー] 稲垣えみ子(元朝日新聞記者)


沢木耕太郎さん 新潮社写真部撮影

『深夜特急』の作者・沢木耕太郎が日本国内の旅を綴ったエッセイ集『飛び立つ季節―旅のつばくろ―』が刊行。

16歳のとき初めて一人で旅した秋田県男鹿半島、檀一雄の墓に参った福岡県柳川、吉永小百合と語り合った伊豆の修善寺など35編が収録された本作の読みどころを、エッセイストの稲垣えみ子が語る。

 ***

 沢木耕太郎といえば「深夜特急」……あ、原稿の体裁上つい耕太郎などと呼び捨てに! スミマセン! 何しろかつて祈るように氏の著作を読んだ身。なぜって大学を出て新聞記者になり特ダネ取れと上司に厳命されるもそもそも何が特ダネなのかが全く分からず、つまりは自分は「書くべきもの」など何も持っていないことに今更気づき、切羽詰まって当時話題だった「ニュージャーナリズム」系の本を泥縄で必死に読んだのだった。ニューだから冴えたヒントがあるはずなどとムシのいいことを考えたんですな。

 ってことで、その旗手と騒がれた氏の本となれば片っ端から読みましたとも。とにかくかっこよかった。本の中身もさることながら、沢木耕太郎という人のかっこよさに私はうなった。外見もかっこいいがここで言いたいのはそういうことじゃない。インタビューにしても評伝にしても、等身大の自分ってものだけを手掛かりにどこまでも平然と飛び込んでいく胆力と爽やかさは圧倒的だった。一方の私は新聞社という権威に守られ上司の顔色を窺い取材らしきものをよちよちやっているのだからその差は絶望的にデカい。ヒントどころかため息しか出てこなかった。

 そのかっこよさの極め付きが「深夜特急」である。まさしく身一つとわずかなカネで未知の大陸をバスに揺られ、言葉もできないのに行く先々でなぜか異国の人といい感じの関係を築きまくりながら冒険を続ける氏は、私とは人間の「格」が違った。なるほど「人間力」ってやつがイケてるジャーナリストには必要で、ただの優等生だった私にはそんなものは全然ないのだ。一体どうやったらこんな人になれるのかね? わからぬまま何度読んだかわからんが、もちろん何度読んでもそんな人にはなれず、つまりはイケてるジャーナリストにはなれぬまま50歳で会社を辞めて今に至るのだが、今にして思えば、会社を辞めたことが私には人生最大の冒険だった。「深夜特急」であった。明日をも知れぬ身で、まさに等身大の自分として一日一日を生き延びるのは思ったよりずっと厳しく、そして楽しかったのである。

 なるほど冒険はいくつになってもできるし、冒険こそが人を成長させるのだと30年遅れてようやく実感したところで、今度は氏が国内を旅しているという。なんとね。一体どこへ行こうとしているのだろう?

 ってことでドキドキしながら読んだわけですが、率直な感想は「驚き」であった。何しろ読めども読めども「何も起きない」のである! いや無論、旅をしているのだから何かは起きる。積んであった本に導かれ3万歩も散歩してしまったり、目指す場所が閉じていてガッカリしたり、懐かしい場所を再訪して感慨にふけったり。でもそれだけといえばそれだけ。あの、この先どうなるか誰にもわからないワクワクと強烈な出会いに満ちた旅と比べれば誠に穏やかな、いうてはなんだが気の抜けたような旅ではないか。出会う人も、道を尋ねる相手やたまたま入った店の人などとってもふつう。そこからドラマや事件が沸き起こることはない。どーした耕太郎? こんなはずはないと思ってページをめくるも、ついに最後まで何も起きない。

 といってこの本が「つまらない」かというと全くそういうわけではない。こんなに何も起きないのについ先へ先へ読み進めてしまう。何も起きない中で繰り返し語られるのは過去の追想である。氏の旅の原点とも言える少年時代の東北一人旅で出会った人々。誰もが知る有名人の知られざるエピソード。その一つ一つが平凡な現実をにわかに彩っていく様は鮮やかだ。でも一方で、何も起きない現実の隙間を過去に遡ることで懸命に埋めようとする氏の姿が垣間見える気もして、私は次第に苦しくなり、そしてハッとした。

 氏の旅は目的地はあるが下調べはなし。それは「深夜特急」の頃から変わらぬスタイルだ。だから面白いのである。でも今が当時と決定的に違うのは、指先一本でなんだって調べられてしまうこと。行くべきスポット、食べるべきもの、隠れた名店、土地の歴史までネットになんでも出ている。それを見ないのは「あえて」努力しなければできない行為だ。なんという隙間のない時代だろう。そんな中では「深夜特急」のような自身だけを頼みに未知の世界へ疾走していく旅など困難である。あの冒険は世界が隙間だらけだったからできた一瞬の夢だったのかもしれない。

 でも耕太郎はめげていない。「あえて」極力何も調べずに出かけていき、電車に乗り遅れそうになったり、目指す思い出の地が今はもうないことをはるばる現地へ行って知り、がっかりしつつもそこに何かの意味を見出そうとする。それでも足りなければ過去へと出かけていく。耕太郎はどこまでも自分なりのワクワクを見つけようと旅を続けているのだ。

 なるほどこの旅は、何もかもAIが予測することが「希望」のように語られる、つまりは予測不能なことなど何もない世界をどう人としてワクワク生き延びるのかという挑戦なのかもしれない。その耕太郎流の現代の冒険を我らは目撃しているのである。

新潮社 波
2022年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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