『カレーの時間』
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<書評>『カレーの時間』寺地(てらち)はるな 著
[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)
◆祖父との同居どうなるか
がさつで横柄な小山田義景と、きれい好きで万事控えめな佐野桐矢。八十三歳の祖父と二十五歳の孫が、二人暮らしをする物語である。
カルチャースクールに勤める桐矢は、三姉妹の三女である母、伯母、姉、従姉妹(いとこ)らの女性に囲まれて育った。二十五歳の誕生日、祖父の義景が突然家にやって来て、「桐矢とやったら一緒に住んでもええ」と言う。声が大きく、二言目には「男なら」「男は」と「男らしさ」を持ち出す義景とは年も価値観も違いすぎる。断るつもりだったが、義景の“ご近所さん”、生田葉月に惹(ひ)かれ、古い一軒家で義景と暮らし始める。
長い間一人暮らしだった家は汚れ、「むすーっとして挨拶(あいさつ)もしはらへん」と、義景は近所の人々から厄介がられていた。終戦後と現在、二つの時代を舞台にした物語は、昭和の「おれ(義景)」と、令和の「ぼく(桐矢)」の視点を代わる代わるに描くことで、祖父・義景の人生を掘り下げ、浮き彫りにしていく。六歳で母を亡くし、知り合いや遠縁の家を転々とした義景は、高校卒業後、大阪の食品メーカーに就職し、営業部に異動して毎日カレーを売り込んだ。若い頃の義景は、現在の桐矢と同じように日々のことで一喜一憂していた。妻と離婚して三人の娘を育て、ある「秘密」を抱えた――。
「おれたちのカレーがあたりまえに家においてある。そういう世界になってほしい」。昭和の頃の、会社の様子や街の風景は懐かしい。夏野菜の素揚げカレーなどの食べ物は美味(おい)しそう。頑固で厄介な義景だが、桐矢とのやりとりはユーモラスで、遠巻きで「読む」分には楽しく、同居生活がどうなるのかに引き込まれる。いずれの時代もエピソードと会話が丁寧に描かれていて、温かみを保ちながら物語はラストへと向かう。
<カレーを食べている時の祖父は機嫌がいいし、あつかいやすい。一緒に食事をしている時だけは、もうすこしだけこの人と仲良くなれそうな気がしてしまう>。味わい深く、余韻を残す。“辛くて美味しい”長編小説だ。
(実業之日本社・1760円)
1977年生まれ。作家。大阪府在住。2021年、『水を縫う』で河合隼雄物語賞を受賞。
◆もう1冊
寺地はるな著『わたしの良い子』(中央公論新社)。子育ての葛藤を描く。