誰にも頼らないのが逆に切ない 少女たちのひと夏の奇跡

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パパイヤ・ママイヤ

『パパイヤ・ママイヤ』

著者
乗代 雄介 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093866446
発売日
2022/05/11
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

誰にも頼らないのが逆に切ない 少女たちのひと夏の奇跡

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 ガール・ミーツ・ガール。

 SNSで知り合った少女二人が、千葉の海辺で、宝物のようなひと夏を過ごす。

 パパイヤ、ママイヤは、対をなすようにつけたそれぞれのハンドルネームで、現実の名前は小説の中で明かされない。

 おたがいについてよく知らない二人は、ゆっくりと相手のことを知っていく。

 パパイヤの父は酒浸りで、使用料が払えずに家族の携帯が止められたりしている。ママイヤの母は芸術家で、高校に行かない娘をひとり残し、恋人とベルギーで暮らしているらしい。

 小説の舞台は小櫃川河口干潟で、自然の多い場所でありつつ、生活で出るごみも流れついてくる。ママイヤがいつもぶら下げているフィルムのトイカメラで切り取った一瞬を定着させるように、さまざまな情景が文章で精緻に表現される。

 干潟で写生をしている、妙に絵のうまい男の子や、人工的な黄色いものをコレクションしているホームレスの老人といった、唯一無二の存在に出会い、言葉をかわすなかで、二人だけの思い出が積み重なる。

 アル中の父、ネグレクトぎりぎりの母。親に対する複雑な思いから結びついた二人だが、会っているときにグチを言ったり、泣きわめいたりするわけでもない。さびしさを自分ひとりで抱え込んで、誰にも頼らず生きようとするのが逆に切ない。相手がそういう人間だとわかるからこそ、ふとした瞬間に思いのたけを素直に話せたりもするのだろう。

「なりたい自分だって気がするんだよね、あんたといる時だけ」

 パパイヤは、ママイヤに向かってそう言う。

 相手を通して、自分という人間の輪郭をつかんだ二人は、次の一歩を踏み出す。奇跡のようなひと夏の出会いを、大人になっても彼女たちはきっと何度も思い出すはずだ。

新潮社 週刊新潮
2022年7月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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