「“刑事(デカ)”だって、一人の人間だ。けっしてスーパーヒーローでは有り得ない」 本格警察小説『蒼い水の女』
エッセイ
『蒼い水の女』
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刑事片倉康孝の迷走 『蒼い水の女』著者新刊エッセイ 柴田哲孝
私の分身、刑事片倉康孝(かたくらやすたか)のシリーズも、この『蒼い水の女』で五作目になる。
前々作の『赤猫』に始まり、前作『野守虫』へと続いた片倉の“乗り鉄”振りも、ここに来てさらに板に付いてきた感がある。
今回はその片倉を、“SLかわね路号”が走る静岡県の大井川鐵道(おおいがわてつどう)の旅へと連れ出してみた。もちろん片倉の生涯の相棒(?)元妻の智子(ともこ)や、部下の柳井淳(やないあつし)も一緒だ。
二度にわたる片倉の旅は、さらに南アルプスの奥地へ。日本唯一のアプト式鉄道として知られる井川(いかわ)線の沿線へと分け入っていく。ここには蒼い湖水の接岨湖(せつそこ)に浮かぶ、「日本一不思議な無人駅」ともいわれる奥大井湖上(おくおおいこじょう)駅がある。この絵画のように美しい風景の中で、いったいどのような“事件(ヤマ)”が起きるのか―。
今回の『蒼い水の女』では、シリーズで初めて片倉が捜査本部の“主任”を務める。テーマは題名にもなった一人の謎の女の存在と、その影に翻弄されて迷走する片倉を中心とした捜査班の面々の姿だ。
小説の中の“刑事(デカ)”だって、一人の人間だ。けっしてスーパーヒーローでは有り得ない。
その勘や推理などの能力は完璧では有り得ないし、時には周囲の者を頼り、人としての弱みを見せることもある。ミスを犯して“犯人(ホシ)”に出し抜かれることもある。
“犯人”だって同じだ。いくら完全犯罪を目論(もくろ)んでも、どこかに穴がある。その穴から、計画は少しずつ綻びていく。ましてその立場や人格は一概に弱く、脆い。
そんな“刑事”と“犯人”の、人間臭い駆け引き。さらにそこから生まれる不確実性の出来事を追いながら、誰もが予想し得ない展開を描いてみたかった。
はたして刑事片倉康孝は、どこに向かうのか……。
その意外な結末に期待してほしい。と日本冒険小説協会大賞、07年『TENGU』で大藪春彦賞を受賞。著書に『野守虫』『ジミー・ハワードのジッポー』などがある。