『戴天』
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権力とは何か、真の政治とは何か 現代日本にも通じる問いを突き付ける胸熱の中国歴史ドラマ『戴天』
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
二〇二〇年に『震雷の人』で第二十七回松本清張賞を受賞してデビューした千葉ともこ。第二作となる長篇『戴天』は、前作に引き続き中国・唐時代の安史の乱に材をとっているが、切り口は異なっている。第一作からその力量を見せつけた著者だが、本作でも魅力的な登場人物、二転三転の展開、そして胸に迫る人間ドラマで読ませる。
玄宗の時代、唐は絶頂期を迎えるが、やがて佞臣(ねいしん)の策略や、玄宗の楊貴妃への過度な寵愛などにより、国は傾いていき、地方の節度使による安史の乱を招く。本作では、名家の息子で軍人となった崔子龍、義父の遺志を継いで官僚の不正を糺(ただ)そうとする僧侶の真智、彼を助ける楊貴妃の奴隷女性の夏蝶、影で権力を操ろうとする宦官の辺令誠らの思惑が絡みあっていく。ちなみに主要人物のなかでは、辺令誠が実在した人物である。
河畔の戦い、競走(今でいうトレイルランニング)大会、長安の華清宮など場所も景色も変えながら、謀略あり、裏切りあり、意外な真相ありの絵巻が展開する。本当にこれがまだ著者の二作目なのかと驚かされる緻密さ、重厚さである。
国を乗っ取ろうとする者、操ろうとする者、立て直そうとする者。善と悪の対決といった分かりやすい話ではなく、何を目指せば平安が訪れるのか見えにくい情勢が描かれ、権力とは何か、真の政治とは何か、人民のために行動するとはどういうことか、現代日本にも通じる問いを突き付けてくる。また、千葉作品は信念を持って果敢に闘う女性たちも非常に魅力的。辺境の地からこの戦いに挑んでいく兄妹を描いた『震雷の人』と合わせて読むとなお味わい深い。