『ダ・ヴィンチ・システム 来たるべき自然知能のメチエ』河本英夫著(学芸みらい社)

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ダ・ヴィンチ・システム

『ダ・ヴィンチ・システム』

著者
河本 英夫 [著]
出版社
学芸みらい社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784909783974
発売日
2022/04/13
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

『ダ・ヴィンチ・システム 来たるべき自然知能のメチエ』河本英夫著(学芸みらい社)

[レビュアー] 西成活裕(数理物理学者・東京大教授)

天才分析 素描と言葉で

 レオナルド・ダ・ヴィンチは、絵画だけでなく物理学、医学などあらゆる分野で才能を発揮し、五百年の時が経(た)ってもいまだに多くの人を惹(ひ)きつけている。モナ・リザや最後の晩餐(ばんさん)はあまりにも有名だが、彼が描いたとされる絵画は実は極めて少ない。その代わり膨大に残っているものが手稿である。本書はこの手稿にもとづいて天才の思考を分析したものである。人物像や水の流れなど様々な素描の迫力に圧倒されるが、手稿には素描だけでなく言葉も書かれている、という特徴がある。対象を素描と言語という二重の方法で表現することで、言語の力を借りつつ、同時にその制約から逃れることもできる。これが対象をより自然に記述しようとする彼のメチエ(技法)だ、と著者は述べている。

 ダ・ヴィンチの素描は、単に対象をそのまま写生しているのではない、という主張も興味深い。例えばモナ・リザの場合、対象の人物が笑っているのをそのまま描いているのではなく、時間軸での一連の動きを一枚の静止画に盛り込んで表現しているらしい。そのためには、対象の力学的なしくみをきちんと理解していなければならない。例えば人物では、ある動作の前後で変化する筋肉や骨格、また自然では水や風、そして光の時間変化について正しく知っておく必要がある。こうして彼は科学技術の知識を蓄えていったと考えられる。

 ただし力学に関する手稿などを読むと、現在の物理学とは異なる言葉を使っているため、よく分からない記述が多い。もちろん彼の時代は近代科学の成立以前であるため、それは仕方ない事だろう。しかし同時に、このように純粋に自然を見る事をすっかり忘れてしまっている自分に気がついた。もはや現代科学を勉強してしまった我々は、その色眼鏡でしか自然を見られなくなっている。読後、一度すべての理論を忘れて、ダ・ヴィンチの視座で自然を追ってみたくなった。

読売新聞
2022年7月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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