『信仰』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
宗教も恋愛も学問も「推し」も その価値を判断するものは?
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
自分が心底信じた人を、他の誰かは徹底的に疑う。恋人、友人、ブランドも宗教もその価値を判断するのはその人の常識や感性、あるいは世間での評価か。短篇小説とエッセイの計八つで編まれた本書の世界は、プリズムの向こうのように少しゆがんで見えるが、見る側のこちらの目がゆがんでいるのかもしれない。
表題作はかつての同級生・石毛からカルト商法に誘われた「私」の物語。別の友人たちと石毛をネタとして笑っていたが、友人たちがこぞって買い集める高級食器に「カルト」的な執着を感じている。一方、真面目な同級生の斉川が石毛の誘いに乗りかけているのを心配してもいた。
「私」が信じるのは「現実」だ。
「お姉ちゃんといると、人生の喜びの全てを奪われる」と言って離れていった妹をはじめ、周囲の人に疎まれてしまう「私」。
信じるものがないとさみしすぎるから人は何かを信じたくなるのか。宗教も恋愛も学問も「推し」もそれほど変わらない気がする。
六五歳時点の生存率が数値化された世界を描く「生存」は、生存率のランクの違いが恋人たちを引き裂いていく。
「『生存率』って、ウィルスなんじゃないかって、思ったことない?」
目に見えないウィルスの脅威にすべての行動を支配されている現代だから、この言葉が余計に迫ってくる。
「気持ちよさという罪」は読んでいる途中で小説ではなく、エッセイと気づいた。メディアの中で「クレージーさやか」とあだ名がついた著者は、そのことが引き起こしたさまざまな出来事を綴る。
著者があだ名でラベリングされたり、ある種のキャラクターを演じるよう求められることは、当人だけの問題ではなかった。他者にも影響を与えたその罪を償う意味を込めて書かれたように感じる。
一篇一篇はコンパクトでも、読後感はずっしりと重い。