満州国の架空都市を舞台に圧倒的な熱量で描く空想歴史小説

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地図と拳

『地図と拳』

著者
小川 哲 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718010
発売日
2022/06/24
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

満州国の架空都市を舞台に圧倒的な熱量で描く空想歴史小説

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 幻が浮かびあがり、消える。

 満洲国は、現在の中国東北部に大日本帝国の手によって樹立せしめられた傀儡国家だ。山本賞作家の小川哲の新作長篇『地図と拳』は、その満洲を舞台とした歴史小説である。六百ページ超、実に読み応えがある。

 一八九九年、軍属の高木と通訳の細川が間諜として中国東北部に潜入する序章から物語は始まる。そこから作者は、視点を切り替えながら時代を手早く進めていくのである。

 中心に置かれるのは仙桃城という架空都市だ。物語で人を操ることに長けた李大鋼が居を構えたのがきっかけで発展した町だが、そこに日本人と他民族の融和を旨とした理想都市建設の計画が持ち上がる。言うまでもなく仙桃城は満洲国の縮図だ。理想は高かったが、現実の障壁によって阻まれ、変質してしまう。

 多数の視点人物が登場する小説で、彼らの関係が判明していく伝奇小説的展開に趣がある。狂言回しとして背景で暗躍するのは前出の細川で、満洲国に理想郷を築こうとした者たちの代表として彼は造形されている。物語の中盤から登場する須野明男は、幼少期に「時計」というあだ名を奉られた計測の鬼で、仙桃城を完全な都市として作り上げようとする。彼がほのかな想いを寄せる孫丞琳は抗日運動に身を投じた戦士だ。主としてこの二人の視点から、仙桃城の誕生と終焉が描かれていくのである。

 国家が世界を統治する方法には二通りがある。一つはすべてを計測し、地図化して管理しようとするもの。もう一つは拳、つまり武力によって敵を排除するやり方だ。二つの原理が世界を変質させていくさまが本作では描かれる。人間の生きる時間を形として定着させる行為とはすなわち建築であり、都市計画という切り口によって世界のありようが鮮やかに浮かびあがるのである。未来を予測するためにはまず過去を見るべきだ、という随所で語られる言葉にもぜひ耳を傾けていただきたい。

新潮社 週刊新潮
2022年7月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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