〈始祖になる〉――ポリネシア拡散の動機にまで踏み込む力作

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海を生きる民 ポリネシアの謎

『海を生きる民 ポリネシアの謎』

著者
クリスティーナ・トンプソン [著]
出版社
エイアンドエフ
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784909355300
発売日
2022/03/22
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

〈始祖になる〉――ポリネシア拡散の動機にまで踏み込む力作

[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)

 アフリカから地球の隅々にひろがった人類の移動史のなかで、最大の謎とされるポリネシア人による太平洋拡散。いつ、どのような人々が、いかなる航海術を駆使し、絶海の孤島にたどりついたのか? 何しろ文字をもたない人々による大事業だっただけに詳細は今も未知のベールにつつまれている。本書はその謎の探求の歴史をまとめた力作である。探検家の記述、口承文学や言語学、考古学からの実証的研究、コン・ティキ号やホクレア号による探検航海を一歩ずつたどり、謎の核心にせまってゆく過程はじつにスリリングだ。

 そもそもポリネシア拡散が究極の謎たりえるのは、この謎がより根源的な謎に接続されているからだ。それは、人はなぜ旅をするのかという謎である。ポリネシア人が移住した島々は文字通り孤島で、ほかの島から見えない島も多い。彼らの移住が偶発的漂流の結果ではなく意図的な航海だったことは、科学的にも明らかだという。では、そのような孤島の存在を彼らはどのように知り、なぜそこに行こうとしたのか? 危険をかえりみず行こうとした動機は何か? それこそが誰も答えられなかった謎の核心なのである。

 本書はその謎に、ひとつの説を提示している。その説とは、彼らが〈始祖になる〉という信念に突き動かされていたというものだ。新しい土地を開拓し、そこで民族の始祖になる。この野心こそ人類の不合理的な冒険的拡散の根底にあった、と著者は言うのである。私個人としてはこの考え方に衝撃的な説得力を感じた。人口圧や食料資源の枯渇など、これまで様々な合理的解釈がなされてきたが、いずれも冒険の理由としては弱いと感じてきた。でも〈始祖信念説〉には、人が大海に漕ぎ出す根拠として十分な強度があると思える。このような考えに行きついた事実ひとつとっても、本書の内容は信頼に値する。夏の暑い日、海の彼方に思いをはせるにはぴったりの本だ。

新潮社 週刊新潮
2022年7月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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