言葉の実験が小説に 実験はゲーム的な遊びに そして小説はSNSで拡散する

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  • りぽぐら!
  • 残像に口紅を
  • シャッフル航法

書籍情報:openBD

言葉の実験が小説に 実験はゲーム的な遊びに そして小説はSNSで拡散する

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 講談社ノベルス版の刊行から8年半。西尾維新の超絶作『りぽぐら!』がついに文庫になった。謎めいた題名は、特定の文字を使わずに文章を書く言葉遊び(及び、そうやって書かれた文章)、リポグラムに由来する。

 日本でいちばん有名なリポグラムは、たぶん、筒井康隆『残像に口紅を』(中公文庫)だろう。1989年の初刊時にも話題になったが、それから32年を経た去年、SNSに投稿された紹介動画が盛大にバズり、たちまち11万5000部を増刷。“TikTok売れ”の象徴としてメディアでも大きく報じられた。

 この小説のポイントは、世界から文字が減っていくことで生じる喪失感。物語内の世界では、『あ』がなくなればアンチョビが消え、『ぬ』がなくなれば犬が消える。そしてやがて……。

 文字の消失が切なさにつながる『残像に口紅を』に対して、『りぽぐら!』はあくまでもゲーム的な面白さが主眼。まず最初に三つの短編(死体遺棄ミステリ、ギャンブル小説、ディストピア小説)をなんの制約もなく書いたうえで、あいうえお46音のうちからランダムに選ばれた10音×4組を禁止して、同じ話を4パターン書き直す。難度は段階的に上がり、3話目では30音しか使えず、しかも面白く見せなければならない。

 題名も制約を受けるので、第1話の「妹は人殺し!」は、「妹は殺人犯!」になり「殺め人間・妹!」になり「実妹の犯行だ!」になり「愚妹、人を殺しし話」になる―という具合。爆笑と感動の悪戦苦闘ぶりはぜひ現物で確かめてほしい。巻末には、46音を半々に分け、ひとつの話を23音しか使わずに2パターン書き直した新作SFショートショートつき。

 e(邦訳では“い”段)を使わずに書いたジョルジュ・ペレックの古典的リポグラム長編『煙滅』(塩塚秀一郎訳/水声社)は残念ながら文庫化されていないので、最後は円城塔『シャッフル航法』(河出文庫)収録の短編「φ」を。リポグラムではないが、段落の文字数が1文字ずつ減っていく仕掛けで、宇宙の終わりをしみじみと描き出す。

新潮社 週刊新潮
2022年7月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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