動物に仮託して寓話でみせる権力の腐敗

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動物に仮託して寓話でみせる権力の腐敗

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「親分」です

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 農場でこきつかわれていた動物たちが、一致団結して反乱を起こし、飲んだくれの農場主を追い払う。そして「すべての動物は平等なり」の精神のもと、あっぱれ、共和国を樹立した。

 ジョージ・オーウェルが一九四五年に発表した小説『動物農場』である。理想の共同体のはずが、たちまち独裁体制ができあがり、一握りの特権階級がその他大勢を意のままに操るようになっていく。『一九八四年』(四九年)に先立つ作品だが、こちらはぐっと寓話的だ。他の動物よりも賢くて知識も豊富な豚たちがみんなのリーダーに選ばれる。なかでもナポレオンという雄豚が、その名のとおり大いばりで君臨する。食い意地の張った親分の行状はユーモラスでもある。

 シンプルな物語をとおして、権力の構造がくっきりと浮かび上がる。いちいちの細部が実に的確であることに驚嘆せずにはいられない。親分は外敵の脅威を徹底して吹き込むことで子分たちを束ね、服従させる。「二本足で歩くもの、すべて敵なり」の精神で独立したのちは、政敵の陰謀をでっちあげ、みせしめの処刑を行って下々の規律を引き締める。動物たるもの、酒は飲まないはずだったのに、親分たちはこっそり酒宴に興じ出す。権力の腐敗はもはや押し止めようがない。

 とはいえ何しろ動物たちのことである。ほのかに可愛さが漂う。翻って人間農場のほうがどれほど恐ろしく残酷か。いま読むと物悲しさを誘われる傑作である。

新潮社 週刊新潮
2022年7月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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