<書評>『都市残酷』ワリス・ノカン 著

レビュー

3
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

都市残酷

『都市残酷』

著者
ワリス・ノカン [著]/下村 作次郎 [訳]
出版社
田畑書店
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784803803938
発売日
2022/03/28
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『都市残酷』ワリス・ノカン 著

[レビュアー] 石井遊佳(作家)

◆原住民が憂う伝統の崩壊

 中国大陸中南部にほど近い海にうかぶ、美しい島(イーリャ・フォルモーザ)。台湾。十六世紀半ばにポルトガルが「発見」した時点で、台湾のヌシは南の島々に広く見られるオーストロネシア語族の人々だった。その後色んな所から色んな人々がやって来た。オランダ、清、日本、戦後は国民党とその周辺の人々。合間合間に大陸沿岸から漢人、越人。もともとの台湾のヌシの中で、後からなだれこんだ移住者によって山岳部や離島に追いやられながらも伝統的生活を守り続けた人々、彼らは日本統治下で「高砂族」、戦後の国民党政府の下で「高山族」「山地同胞」と呼ばれたが、自ら選びとった名は「台湾原住民」だった。ワリス・ノカンはその一つタイヤル族出身、台湾原住民族文学の旗手だ。

 『都市残酷』は激動の時代を生きた民族の記憶の断片をていねいに拾い集めた作品集となっている。日本の植民地支配を扱った「タロコ風雲録」など歴史的事件を背景とする作品群のほか、原住民が漢民族中心の経済の最底辺に組み込まれる実情、とりわけ家族のため都会で風俗産業を選ばざるを得なかった女性たちを扱う「小さなバス停の冬」などの諸作品は、「都市」の「残酷」が個々人の人生を容赦なくえぐる有り様を描き出す。

 その「残酷」の根本に、戦後原住民が都会へ出る自由を得たことによる共同体の急速な崩壊がある。例えば「虹を見たか」には、世代の懸隔により伝統的倫理観が感性レベルで共有できなくなっていることへの危機感が描かれる。若者はもはやテレビやラジオといった「箱のなかから聞こえてくる音」しか聞かないと嘆く老人の眼は死者を父祖の元へと導く虹の橋を見、その耳は寒い秋の夜にふるえる草の種子の声までも聴きとるのだ。

 そこからは例えば、紙の本に印刷された活字の列に魂を吸われた世代と画面のデジタルデータに指と視線を滑らせる世代の知性のありかたの疎隔がふと連想され、そしてワリス・ノカンという作家の芯にあるのは、まさしく台湾原住民のこの自然への素直なうやまいの心であることを改めて痛感させられる。

(下村作次郎訳、田畑書店・3080円)

1961年生まれ。台湾の作家。詩や小説などさまざまなジャンルで活動。文学賞の受賞多数。

◆もう1冊

アチェベ著『崩れゆく絆』(光文社古典新訳文庫)。ナイジェリアの伝統的社会の倫理と感性を活写、苛烈で巧妙な植民地支配との葛藤を描く。粟飯原文子(あいはらあやこ)訳。

中日新聞 東京新聞
2022年7月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加