『猪木と馬場』
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<書評>『猪木と馬場』斎藤文彦 著
[レビュアー] 満薗文博(スポーツジャーナリスト)
◆昭和への郷愁誘う「物語」
正直に言う。僕は、この一冊の書評を打診されたとき、一度は手を引っ込めた。長いスポーツ現場との関わりの中で、プロレスとはほぼ無縁の生活を送ってきた。そのような僕に、本著の評論などおこがましい、という思いからだった。
しかし、読み始めてすぐに不明を恥じた。昭和を生きた人たちに、これほど同時進行でノスタルジィを感じさせる「物語」だったことに感嘆を覚えたのである。まだ、どこかに戦後を引きずっていた少年時代、かつての「敵国」米国を相手にするプロレス界の巨頭、ジャイアント馬場とアントニオ猪木に一度は憧憬(しょうけい)し、やがて、そこから離れた人たちは多い。あるいはそのまま「添い遂げた」人たちもまた多い。いずれにしても、馬場と猪木は、昭和に生きた僕らの「希代のヒーロー」だった。
本著の筆者は、律義に、馬場と猪木で沸騰した時代にプロレス記者として活躍した人である。当然、僕らがテレビを通してみたプロレスより、はるかに詳細に、その裏側まで切り込んでみせる。猪木より馬場が五歳上だったが、昭和三十五年九月三十日、「プロレスの父」師匠力道山の下で同日デビューしてタッグを組み、やがて袂(たもと)を分かつ。それぞれ団体を立ち上げ「馬場流」「猪木流」のプロレスを追い求める様と、社会的背景が詳細に描かれる。
少年時代、いや、大人も含めて、テレビが普及し始め、プロレス番組が高視聴率で推移していたころ「馬場と猪木はどちらが強い」を論じ合った日々がなつかしい。筆者は両雄の確執の日々を書きつつ、もちろん、敬愛する両者にシロクロを付けることをしない。それでいいのだ、というより、その方がいい、と僕は思う。読み手のノスタルジアを損なわない書き方は奥ゆかしい。
戦後日本に出現した「東洋の巨人」馬場と「燃える闘魂」猪木は、これからやって来るだろう未来を照らしたヒーローだった。「昔少年」たちに思い出をたどってもらいたい一冊である。
(集英社新書・1012円)
1962年生まれ。プロレスライター。著書『昭和プロレス正史 上下巻』など。
◆もう1冊
門馬忠雄著『雲上の巨人 ジャイアント馬場』(文芸春秋)