『夏鳥たちのとまり木』
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SNSで庇護を求める未成年者の誘拐、その是非が読み手の倫理観を揺さぶる! 新米女性教師と中年男性教師のバディ小説『夏鳥たちのとまり木』著者・奥田亜希子インタビュー
[文] 双葉社
本読みのプロである書評家や書店員からも絶大な信頼を置かれている実力派作家・奥田亜希子さん。近年では、性に翻弄される思春期の危うさを描いた『青春のジョーカー』や、身体の変化がもたらす感情の揺れを掬いとった『彼方のアイドル』、また、夫婦の究極の愛のかたちを提示した『求めよ、さらば』など、読み手の心を捉えて離さない小説を次々に上梓している。
そんな、今もっとも注目の作家である奥田さんの最新作となるのが『夏鳥たちのとまり木』。母親からほったらかされて少女時代を過ごした女性教師、葉奈子の過去と現在を行き来しながら、SNSを通じた未成年者誘拐をモチーフに物語は進む。過去の傷を負ったまま生きてきた同僚の中年男性教師、溝渕の人生も縒り合わさってゆく。
2人の前途にひと筋の希望を見いだすことのできる印象深いラストは、まさに著者の祈りが重ねられているようだ。奥田さんがこの作品にこめた想いとは?
ずっと書きたかった、年の離れた男女のバディもの
──『夏鳥たちのとまり木』を執筆したきっかけは?
奥田亜希子(以下=奥田):海外ミステリーばかり読んでいた時期があるのですが、そこに描かれている、深く強い信頼で結ばれ、ときにプライベートな領域まで分かち合う登場人物たちの関係に惹かれて、私もバディものを、できれば年の離れた男女で書きたいと思いました。
年齢にも性別にも共通点がないほうが価値観の乖離が大きく、相手に心を許すことが難しいように感じていて、そういったものを乗り越えているバディにフィクションの世界で出会えると、本当にぐっとくるんです。そんな二人組が成立する舞台を考える中で、報道をたびたび目にする未成年者誘拐の問題が気になっていたこともあり、主人公の職業を中学校の教師に決めました。
──主人公の若い女性教師・葉奈子と、その同僚の中年男性教師・溝渕との関係性がとても新鮮でした
奥田:大切なものを抱えている溝渕の人物像と、どちらか一方ではなく、互いに相手の力になろうとしている彼と葉奈子との関係には、私が海外ミステリーを読んでいて血が沸くポイントを詰め込みました。二人のあいだに少しずつ芽生えていく信頼や敬意を書くのは楽しかったです。
──葉奈子の母親は、子どものことを構わない身勝手な人間です。ただ、「ネグレクト」とまでは言えないように思います。この母親の造型はどんなところから生まれたのでしょうか?
奥田:書き始めた当初は「感謝と恨みは両立できるのか」ということがテーマだったので、葉奈子の母親にもある程度感謝できる側面が必要だと考えました。また、大多数の人間が「黒」と判断する事柄よりも、決を採ったら「白」と「黒」で半々に分かれるような「灰色」を書くことに興味があり、そのあたりが母親の造形に繋がったのかもしれません。
健全に見えるものに救われるのは、ただの幸運でしかない
──溝渕が葉奈子に言った「世間から見れば間違いだらけのことに救われる人間もいるってことですよ」という言葉にハッとしました。
奥田:この言葉は「感謝と恨みは両立できるのか」という当初のテーマに対して、最初に辿り着いたチェックポイントのようなものです。自分がなにに救われるかということは、決して選べるものではありません。
私はデビュー作の『左目に映る星』にも、「誰にだって一つくらい、好きで好きで堪らないものはあるんじゃない? 映画とか車とか仕事とかさ。それが家族や今の恋人だと健全に見えるってだけの話で」と書いていて、健全に見えるものに救われたり、そういうものを愛せたりするのは、ただの幸運でしかないという気持ちがずっとあるのだと思います。
主人公の変化を体感できたことに驚いた
──親と子ども、教師と生徒、成人男性と少女など、作品では「大人と子ども」の関係から浮き彫りになることが描かれていますね。
奥田:中学校を舞台に未成年者誘拐を書くことで、大人が果たすべき責任や大人が子どもに対して持ってしまう強い力、これは魅力も含めてですが、そういうもののことを考えずにいられませんでした。
──教師としての葉奈子には、物語の序盤と終盤では変化が訪れています。
奥田:主人公の成長を意識して書いていたわけではないのですが、話が展開するにつれて葉奈子が心を開いていくような感覚がありました。というよりも、後半を書いたことで、前半の葉奈子が抱えていた寂しさや頑なさにようやく気づきました。
5章の途中から私自身の視界や気持ちも急激に明るくなり、息苦しさが消えて、主人公の変化を実際に体感できたことに驚きました。
自分が負った傷を理解し、一歩踏み出す
──単行本に向けて加筆修正しているうちに、作品のテーマが変わってきたそうですが。
奥田:「感謝と恨みは両立できるのか」という問いに「はい」と答えられる可能性を探して書き始めましたが、今作の主人公においては、やはりちょっと難しいのではないかと思い直しました。加筆修正が終わった今は、「人に認められて初めて、自分は傷ついていたのだと理解できること、および、そこから踏み出せる一歩のこと」が話の軸ではないかと考えています。
──最後に、タイトルにこめた想いとは?
奥田:夏鳥とは春から夏にかけて渡来する渡り鳥のことです。未成年者誘拐をどう書くか思案していたときに、野生の雛を拾うことは法律違反だという話を思い出し、鳥を物語の中心に据えることにしました。約1ヶ月半の長期休みがある夏は、特に家にいづらい子どもにとって、もっとも大変な季節だと思います。
実はこの小説を書くまでは、被害者である未成年者が家庭に困難を抱えていて、未成年者のほうからアプローチがあり、なおかつ加害者が性的行為にまったく及ばなかった場合の未成年者誘拐は、それほど加害者を責められないのではないか、とぼんやり思っていました。今は、それは違うと断言できます。また、自分が心のどこかで未成年者誘拐を当事者だけの問題のように捉えていたことを、今作を通して思い知りました。
夏の空を飛び疲れた鳥がとまらずにいられなかった木の正体に、この小説が少しでも触れられていたら嬉しいです。
●プロフィール
奥田亜希子(おくだ・あきこ)
1983年愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒業。2013年『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞しデビュー。その他の著書に『ファミリー・レス』『五つ星をつけてよ』『青春のジョーカー』『クレイジー・フォー・ラビット』『求めよ、さらば』『彼方のアイドル』などがある。