『私解説』
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率直な語り口で鬼気迫ることを書く
[レビュアー] 江國香織(小説家)
「人の小説の解説という仕事は、労多いばかりで報われることの少ないもの」であり、「最も書いて欲しい方々に書いていただくのに気がひけ」るという理由で、全集の作品解説を全部自分で書いてしまった寂聴さんの情熱と大胆さにまず驚くが、読み進むうちに背筋がのびて、ほんとうに頭がさがる。瀬戸内寂聴という小説家の精髄に、たびたび出くわすからだ。
これは作品解説であるだけじゃなく、ショートヴァージョンの自伝でもあり、率直な語り口で鬼気迫ることが書かれている。生者死者を問わず、彼女が出会った(あるいは作品のために調べた)さまざまな人の声もこだましていて、それが現実とフィクション、過去と現在、この世とあの世の境を越えて迫ってくる。
なぜ出家したのかという問い(ご本人もたびたび訊かれ、言葉ではうまくこたえられなかったと告白されている)に対するこたえがはっきり書かれているわけではないのに、本書を読むと、不思議なほど腑に落ちる。書く/読むを通してこれだけ物語によりそい、精神的に時空を越えてしまったら、こちらだけにとどまっていられなかったのではないだろうか。
すべての章に力強く表れているのは書くことへの執念と自負(「身辺におこるすべての事実を、小説にしてしまわなければ気持が収まらないというのは、私の負った業であろう」)だが、書く行為そのものを語る筆は、これらの文章を書いたときの寂聴さんが八十近かったことを考えると、信じられないほど瑞々しい。
「最初の一行が書けたら、次はあとから湧いてくる。ペンがひとりで走り出す」とか、「一作書き上る度に、両手をあげてひとり歓声をあげたいような歓びを味わっ」たとか―。
女が物を書くのが(というより、そもそも職業を持つのが)いまよりはるかに困難な時代から、ずっとそうやって一人で黙々と小説を書いてきた人の姿が頁のあちこちに見えて胸がいっぱいになる。
とても美しい本だ。文学というものに、つねにまっすぐ向き合ってきた人の本。自作一つずつについての、異様なまでの記憶力にも圧倒される。
「関りのあった人の死を、一人残らず書き止めて置いても、私自身の死を自分では書き残すことが出来ないのが、私にはもどかしいような皮肉なようなある滑稽な感じを呼び起す」という言葉はきっと、偽らざる本音だったに違いない。