レコードをじっくり聴く、それだけ。イギリス流の乾いたヘンテコ小説

レビュー

10
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鑑識レコード倶楽部

『鑑識レコード倶楽部』

著者
マグナス・ミルズ [著]/柴田元幸 [訳]
出版社
アルテスパブリッシング
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784865592528
発売日
2022/04/15
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

レコードをじっくり聴く、それだけ。イギリス流の乾いたヘンテコ小説

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 わたしの狭い知見の範囲内ではあるものの、奇妙な小説ばかり書いている作家の中でも際だってヘンテコなのがマグナス・ミルズだ。

 フェンス職人トリオが昼はのらくら働き、夜はパブで飲む→何かの拍子で依頼人が死ぬ→気にせず埋めてしまう→別の農場にフェンスを張りに行く→昼は……。この繰り返しが描かれているだけなのに滅法面白い『フェンス』。湖畔地帯の別荘地に少し滞在したら東洋への旅に出るつもりだった語り手が、いつのまにか人のいいなりになっているうちに田舎の日常&人間関係という悪夢の中から出られなくなっていくさまを描いて乾いた笑いを引き起こす『オリエント急行戦線異状なし』。

 凝った文章表現や比喩はなし。愛想もなし。ミルズ作品が似ているのは、無表情の喜劇役者バスター・キートンだ。無表情な文章の積み重ねが笑いや驚きを生む。書かれていないところに、さまざまな解釈が生じる。『鑑識レコード倶楽部』もまた、そんな稀有な体験をもたらすヘンテコ中のヘンテコ小説なのだ。

〈レコードをじっくり、綿密に聴くことだけを目的にした〉感想や批評を口にしてはいけない倶楽部を、ジェームズと一緒に作った〈俺〉。数人の仲間が集まるものの、やがて〈告白レコード倶楽部〉なるものが出来て、人気を博すようになる。そればかりか、ルールに厳密なジェームズを嫌った仲間の一部による分派的な倶楽部まで生まれてしまい―。

 登場人物の過去や背景を一切説明せず、中心となるのは膨大な数のタイトルのレコードを聴くシーン。にもかかわらず、この小説は読者を雄弁にする。それぞれの倶楽部の鑑賞スタイルは批評のそれに似ているな。倶楽部は政治や宗教、いやあらゆる集団の謂いになっているな。作者は何も主張してはいないのに読み手が勝手にあれこれ考えてしまう、実に不思議な小説。ヘンテコ王ミルズの面目躍如たる一作なのだ。

新潮社 週刊新潮
2022年7月21日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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