文学史上もっとも恐るべき子供

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文学史上もっとも恐るべき子供

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「親分」です

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 子供の世界にも親分はいる。集団生活のなかでは自ずと力関係が生まれるのだから。弱い者は強い者に従わざるを得ない。

 谷崎潤一郎の短編「小さな王国」(大正七年)は、小学生の子供がいつのまにか教室のなかで大きな力を持ってきて、ついには教師さえも屈服させてしまう、という奇怪な物語。この子供は文学にあらわれたもっとも恐るべき子供といっても大仰ではないだろう。

 三十六歳になる貝島昌吉は東京で小学校の教師をしていたが、六人も子供がいるうえに老いた母も養っているので生活が苦しく、より暮らしが楽な地方の学校を望み、「G県のM市の小学校」(群馬県の前橋市と思われる)に転任した。

 静かな田舎の暮らしが、沼倉庄吉という転校生がやってきてから一変する。

 昌吉の受け持つ五年生の教室はいつのまにか庄吉が支配するようになっている。

 ある時、庄吉を叱ると他の生徒が次々に庄吉をかばう。餓鬼大将とも秀才とも違う。子供のなかにひとり大人がいるといえばいいか。

 昌吉は次第に庄吉の存在を無視できなくなる。その頃、子供たちのあいだで玩具の紙幣が流行り始める。庄吉が発行する紙幣で、玩具なのに本当のお金のような力を持ち始める。

 紙幣を発行したことで庄吉の親分としての力はいよいよ強くなる。

 そして七人目の子供が生まれ、生活がさらに苦しくなった昌吉はついに。大人を翻弄してゆく子供が不気味。

新潮社 週刊新潮
2022年7月21日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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